戯曲レビュー:結構な心理ホラー戯曲だった、河合穂高の『黄色い森』

■歯学博士でもある河合穂高の代表作で、第8回せんだい短編戯曲賞大賞受賞作です。つまり、大賞ですね。

■繁華街で発生した爆弾テロとその後に発生した群衆雪崩の大惨事を背景として、そこに間接的、直接的に関わった女たちが、ある夜真っ暗闇の森の中で、その秘められた体験を吐露する。さらに、彼女たちの深層心理や、不安が蔓延する世界を象徴するかのような、謎の「黄色い飛行船」が飛来する。。。

■という、かなりホラータッチの戯曲で、個人的には大好物です。というか、なんとなくわが脳内にぼんやり展開しつつあった不穏な恐怖のイメージが、すっかりここに作品化されているので、驚愕です。オレノアタマヲノゾイタナ?非常にコンパクトな道具立てで、たとえば黒沢清の『カリスマ』とかを想起します。

■そもそも、クライマックスに登場する「黄色い飛行船」て、押井守ですからね。パトレイバーですよね。それは、上空から人間を監視しているようでもあり、空飛ぶクジラのようでもあり、人間の不条理な死体が浮遊しているようでもある。あるいは黒沢清の『回路』でラスト近くで墜落する旅客機のようでもある。巨大なものが空中に浮いている根源的な恐怖感は、人間がまだ人間になる前の遠い昔、海中に暮らしていた小さな小さな生き物だった頃、巨大な魚やサメや鯨たちを頭上に仰ぎ見て逃げ回っていた頃の、生物進化の歴史に根付いた根源的な恐怖感に繋がっているのではないか。そう個人的には感じるし、きっと作者も同様の感慨を持っているに違いない。そんなことを感じる人間が、この世に多数いるかどうかは定かでないけど!

■この「黄色い飛行船」のくだりは、舞台演出的には、なかなか難しい部分だと正直思いますけどね。特にクライマックスは、戯曲を読む限りでは自然と腑に落ちるけど、舞台としてはどうだろう。なかなかなギミックが必要な気はする。途中で森の闇の中に不穏に登場する鹿の一群についても、ブラックウッドの短編(『柳』?)のようでとても良いのだけど、舞台演出としては、かなりの腕が要求されるだろうなあ。

■後に書かれた『海繭の仔』は人類進化のミッシングリンクを示唆する海洋SFだったけど、本作は完全にホラーです。とてもいい趣味だと思います。その深層心理の不安を具現化する発想と、ミニマルな劇化の視点は、まったく他人と思えません(赤の他人ですけど!)。悔しい!

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