信心のない人生は偽物の人生だ!?社会派母もの映画の古典『悲しみは空の彼方に』

基本情報

悲しみは空の彼方に ★★★
1959 ヴィスタサイズ 125分 @NHKBS

感想

■1947年に出会った貧しい二組の母娘は一緒に住み始めるが、白人の母ローラは野心家の女優でNYで頭角を表し、黒人の母親アニーは、一見白人に見える娘から敬遠されてゆく・・・

ダグラス・サークの代表作の一本で、とにかくその筋では有名なメロドラマ。とういか、典型的な母もの映画ですね。特に、黒人の母親から生まれたけど、外見上は白人にしか見えない娘と母親の軋轢が描かれるのがユニークだし、社会派映画の一面を持つ。というか、むしろ社会派映画として専ら生き延びているのかも。

■何十年か前に、確かスペースベンゲットで観ていると思うけど、あまり記憶になくて、冒頭のビーチの場面とラストの葬儀の場面くらいしか印象にない。なぜかというと、テーマが鮮明に出ていないからだろう。

■結局何がいいたいかといえば、二人の母親の姿を対比して、舞台女優として野心に燃えるローラの「偽物の人生」に対して、子どもの幸せだけを願って平凡に生きて死んでいったけど常に信心深かったアニーの人生が本物の人生であったということなのだろう。自分の葬儀だけは自分の思い通りに言いおいて死んでいったアニーが、教会を拠点として絆を結んできた地元の仲間たちに盛大に送られる、その人生こそが本当の人生だったということだ。なぜなら、映画を観に来る観客のほとんどが、アニーのような人生を送るからだ。だからローラがそのことに気づいて自省するという描写やセリフがあればわかりやすいのに、なぜかそんな描写はない。だから単なる母もの映画に見えてしまうのだ。また、黒人の血を引きながらそれを隠して白人として生ようとする娘の人生も「偽物の人生」だと断定する。アニーの娘サラジェーンもまたいかがわしい芸能の世界に活路を求める、いや逃避するのだが。

■ローラはハリウッドで舞台俳優となるが、劇作家の夫と死別後、NYで起死回生を図るが、幸い舞台女優として成功し、イタリア映画に招かれる。でもその一方で、10年来の恋人スティーブ(ジョン・ギャビン)とはついに結婚できない。それが虚飾の人生を追い求めた代償だからだ。もともと原作小説では女優ではなかったのに、敢えて芸能界の虚妄を描こうとする脚本陣の自虐。

■当然ながら配役はしっかりしていて、ローラの娘もアニーの娘も二人一役だけど子役のそっくりぶりもナチュラルだし、サンドラ・ディーとスーザン・コーナーも力演する。特にファニタ・ムーアとスーザン・コーナーの母娘役は儲け役だよなあ。最後にゴスペルを披露するのはマヘリア・ジャクソンという有名な歌手で、「ゴスペルの女王」と呼ばれる歴史的な大物だそう。


参考

maricozy.hatenablog.jp
maricozy.hatenablog.jp
母もの映画はお涙頂戴の通俗映画として軽蔑されたけど、なかには社会派映画が混じっていて、八住利雄が書いた『嵐の中の母』なんてのもあったけど、未見。
maricozy.hatenablog.jp

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