基本情報
第三次世界大戦 四十一時間の恐怖 ★★★
1960 スコープサイズ 77分 @アマプラ
企画:秋田亨 原案:週刊新潮編集部 脚本:甲斐久尊 撮影:荒牧正 照明:桑名史郎 美術:近藤照男 音楽:石松晃 特殊撮影:矢島信男 監督:日高繁明
感想
■東宝で企画された橋本忍脚本版『第三次世界大戦 東京最後の日』と似ているので問題になった東映版の『第三次世界大戦』をやっと観ることができました。とはいえ、第二東映の製作で中編映画クラスの尺、当然モノクロという低予算映画。この低予算でよくもこんな大風呂敷を広げたものだと感心するけど、意外と健闘する。この当時、まだ日本は物価も安いし、人件費も安かったのだ。
■完成した東宝版の『世界大戦争』では世界中にセールスするため徹底的に日和った部分をそのままストレートに描くのがさすがの東映。右でも左でも儲かればOKという社風の風通しの良さ。アメリカもソ連も中国も北朝鮮もすべて実名で登場します。
■いわゆる「炭鉱のカナリア」として水爆戦争の脅威を真っ先に実感する高校生たちはボートでアフリカに脱出しようと試みて失敗。朝鮮半島有事から拡大した戦火は米ソの最終戦争へ突入し、ご丁寧にソ連から、日本の人民のみなさんさようなら、後少しでミサイルを発射しますとお断りの放送が流れる。(この場面は、なかなか傑作)
■くだんの高校生(藤島範文)の父親(加藤嘉)は東京から脱出するクラスメイトの父親(市村良一)に轢き殺されるけど、互いにそのことは知らないまま。作曲家を夢見る流しの男は病身の妻と無人の街となった東京に残って死を覚悟する。長蛇の避難民の群れの頭上を米国の戦闘機が飛び去ると、東京方面に巨大な原爆雲が湧き上がり、やがて死の灰が降ってくる。幼い患者を見守るために東京に残った恋人の看護師(三田佳子)を求めて、新聞記者(梅宮辰夫)は爆心地東京へ引き返すことを決意するが。。。
■東宝の幻の橋本忍版脚本の梗概を見る限り、たしかに構成は似ていて、東京からの大脱出が始まり、避難民は水爆の直撃は免れるけど死の灰を浴びて死んでゆくし、米ソの最終戦争へ至る段取りも、同じ林克也という軍事評論家の状況分析をベースにしているから似ているはず。
■では映画として訴求力があるかといえば、これも意外なほど少ない。東京脱出のモブシーンの凄さはさすがで、『世界大戦争』より良い部分だし、クライマックスの大特撮も国会議事堂や金門橋の巨大ミニチュアの効果は絶大だけど、映画的な感動には至らない。
■なんといっても東映と東宝の大きな違いは音楽の差だろう。『世界大戦争』の團伊玖磨はいささか泣きすぎ感はあるけど、楽曲は絶品だったし、八住利雄のメロドラマ作家としての作業も万全だった。それに比べると東映版はあくまでドキュメンタルなタッチで貫くので、メロドラマ性も仕込んであるけど希薄だし、演出的にも冴えない。そこは東宝と東映の大きな差だ。
■特撮スペクタクルの見せ方も、『世界大戦争』はさすがに円谷英二全盛期なので、創意工夫と物量とシーンまるごとの演出力において大充実しており雲泥の差がある。矢島信男は優秀だけど、彼我の物量の差はそのまま東宝と東映の体力の違いを反映している。できの良い特撮シーンと質の悪い実写フィルムをモンタージュしても貧乏くさいだけだからね。きっと矢島信男も悔しかったと思うけど!
■でも映画の構築としては意外にも真っ当で、真面目に取り組んでいることは事実。左翼系独立映画とは一線を画しているし、単なる特撮スペクタクル映画で終わるつもりもない意欲作ではある。第二東映の製作で、A級の俳優が使えないことを監督は残念に思ったことだろうな。そもそもなんで日高繁明が監督なのかも不思議だけど、東宝在籍中に特撮映画に関わっていたから経験者でしょという大雑把な判断じゃないかな。あるいは、他の若手はいろいろと煩いことを言うに違いない素材なので、おとなしい人に目をつけたとか?東宝の『世界大戦争』も謎が多いけど、この映画も謎の多い孤高の映画だな。