家は壊せても、家族は壊せない!これは凶暴な「岸辺のアルバム」だ!『クロール-凶暴領域-』

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基本情報

crawl ★★★
2019 スコープサイズ 87分 @Tジョイ京都(SC2)

感想

■巨大台風の接近中、離れて住む父親と連絡が取れないのを心配した娘が、昔住んでいて売りに出されている家の地下室に負傷して動けない父親を発見するが、その背後に巨大なワニが迫る。さらに洪水の水位は刻々と上がり。。。

■というココロオドル楽しいワニ映画。明らかにコレット=セラの小品『ロスト・バケーション』に似ている。どちらも母親の不在をサメとかワニとかいった狂暴な野生動物との対決を通して確認する物語。影響を受けているかもしれない。いや、明らかに影響があるだろう。母親の不在がどれほど家族にとって心理的に大きなダメージであるかという点で通底している。つまり、母親が家族の中心である、あるいはあるべきという共通理解があるようだ。その母親がいないと、これだけの事件と危機が残された家族に訪れるという認識が意識下に敷かれている。

■ハリケーンによる大水害で徐々に水位が上がってゆくのがサスペンスになるし、一軒の家の中のお話なのに舞台が変化するから活劇にもバリエーションが生じる。お話のスケールとしては小品だが、VFXも秀逸で非常にリアルなので、映像に奥行きがあり狭苦しさがない。しかもワニたちの襲撃もアレクサンドル・アジャ監督らしくメリハリと工夫があるし、期待通りに出るべきときに出てくれる。アレクサンドル・アジャという人は当然ホラー映画は得意としても、活劇志向が強いのが特徴で、あの問題作『ヒルズ・ハブ・アイズ』ですらまるで西部劇だった。

■そこにフランス人監督としてのエスプリとして、アメリカンに対する皮肉や揶揄が入るのだが、本作はそこは希薄。ただ、ヒロインもその父親もむやみに肉体が頑強で、何度ワニに噛まれても死なないのが、アメリカのマチズモに対する一種の皮肉=ギャグなのかもしれない。

■災害や災難で家は壊れても、家族は壊せないーそれが本作のテーマで、妻に捨てられて、娘二人独立して離れて住むからひとりぼっちで、鬱気味の父親がしがみつく、家族の昔の幸せだったおもいでが染みついた空き家が豪快に水没してゆく。その中で、まるでスポ根映画のように、水泳を通じて父と娘が再び結びつき、娘が父を救い、鬱から再起した父が娘を鼓舞し成長させる。「思い出せ!お前は鰐より速く泳げるはずだ!」後年名シーンとして語り継がれるに違いない。ストレートで素朴すぎて、かえって思いつかないぞ、こんな場面。

■さらに『ヒルズ・ハブ・アイズ』と同様に、本作も家族同士がせめぎ合う。ワニたちも繁殖して家族(?)を形成している。真に凶暴なのは怪物なのか、アメリカンなのか?というのは、まさに『ヒルズ・ハブ・アイズ』と同一のものだ。だから本作のサブタイトルの「凶暴」はワニだけでなく、ヒロインと父親のアメリカンな家族にもかかっているのだ。

■だから本作は、もし多摩川にワニが棲んでいたら?という『岸辺のアルバム』であり、『地震列島』なんだね。『地震列島』は巨大災害によって物理的な「家」と旧弊な封建的制度として「家」が崩壊するとき、「家」ではなく生身の「家族」が復活するというお話でしたよね。

参考

これが『ロスト・バケーション』ですね。サスペンスの名手コレット=セラとしては当然これくらい撮れるので、特に優れた映画ではないが、ジャンル映画としては上出来の部類。脚本がちゃんとできているから。

地震列島』もそろそろ正当に評価されるべきですね。肝心の部分が演出的に意に満たないけど。『日本沈没』ではなく、『家制度沈没』というテーマ性の部分がもっと認識されるべき。