スポーツ嫌いによるスポーツ嫌いのためのオリンピック賛歌!『いだてん~東京オリムピック噺~』第一部大団円


■いよいよ大河ドラマ「いだてん」第一部(金栗四三編)が完結したので、前半を軽く総括しておくよ。

■なにしろ庶民を主人公とした近現代史なので、一般の大河ドラマ好きからは総スカン状態で、視聴率も散々らしいですが、一般視聴者にとっては視聴率が良かろうが悪かろうがそもそも何の関係ないですからね。業界人じゃないので、一般視聴者にはドラマ自体が面白くて質が良ければそれでいいのだ。やたらと記事にして煽りたがるマスコミに惑わされて一般視聴者が変な勘違いをしてはいけない。一般視聴者は虚心坦懐にドラマに興じればそれでいいのだ。そもそも、視聴率が悪いから出来が悪いドラマだとか、いまどきそんなこと信じる人がいるのかねと思うが、若い人は影響されやすいからね。

■さて、わたしは歴史に名を遺した勝者や生まれつき身分の高い人や偉人には微塵も興味が無いのだが、歴史に埋もれていった敗者や庶民のドラマには興味が尽きない。どう考えても自分じしんがそちら側の人間だからだ。そして、一般庶民のほとんどがそちら側であるはずなのに勝者の歴史ばかりに惹かれるのは正直理解できない。そんなわけで、明治から昭和に至る激動の時代を生きた庶民の生活史は大好物で待ってましたというところ。実際、シリーズ前半は非常に面白かった。

■そもそも金栗四三という、一般にはほとんど誰も知らない人を主人公に選んだ視点が凄い。しかも、オリンピック金メダル有望と国内では言われながらストックホルム大会では謎の失踪事件を起こすわ、8年後のアントワープオリンピックでも不本意な記録に終わり国民を落胆させる。なにひとつ大成功はできなかった挫折続きの人だけど、だからこそわれわれ凡人には観る意義がある。

■特にストックホルム編は傑作で、日本人がマラソンなんかやれば死者が出ると言われた当時のスポーツ事情をリアルに伝える。そしてストックホルム大会では実際にポルトガルの選手に死者が出る。このあたりは、”スポーツ嫌い”のクドカンだからこそ描ける、その冷静な視点が冴えわたっていて、本来なら肩透かしの展開のはずなのに、ちゃんと感動的に仕上げている。あの時死んだのは金栗だったかもしれない未知の分岐点を念入りに(しつこいくらいに)附置した成果だ。日本スポーツの歴史的な挫折で感動させる10~13話はたぶん本シリーズのピークとなるだろう。

■その後はアントワープオリンピック大会を一つのピークとしてはいるが、政治情勢や戦争に翻弄される金栗が挫折を重ねながら、なんとか目標を探して生き抜こうとする姿が描かれる息抜き編。金栗四三編後半のクライマックスは21~22話で、敗戦国ドイツで目にした女子スポーツを日本に普及させるという目的意識に目覚めた金栗が周囲の人々に影響を広げてゆく、日本女子スポーツの黎明が描かれて、特に人見絹枝の独白で加熱する。女の置かれた差別的な社会状況のなかで持って生まれた身体的才能を発露できない屈折が描かれて、男だって感動する。

■そして当然登場する関東大震災、第23話『大地』は『その街のこども』でも森山未来と組んだ井上剛が演出を担当する。さすがにスペクタクルな破壊シーンは描かれないので、主要人物の死が唐突に感じるが、現実に他人の死はそうしたものだから仕方ない。自警団の朝鮮人狩りが描かれるのもさすが。地震直後の描写は志ん生の酒飲みエピソードに集約してしまう離れ業にも驚く。

■第一部完結編の第24話『種まく人』では、そもそも”韋駄天”は何をした神様なのかという回答を綺麗に提示し、日本人初のオリンピック選手としての期待には応えられなかったものの、期せずしてなぜか日本女子スポーツの黎明をもたらしてしまった不思議な人生のなりゆきをクライマックスとしてドラマを終える。そもそも”韋駄天”とは?という作劇操作はいかにも技巧的なのだが、実は技巧ではなく、そもそも金栗四三が走ることは、オリンピックのためでもスポーツとしての純粋な喜びのためでもなく、もっと実際的な切実な意義があったんじゃないかと結論付ける。ここにスポーツ嫌いのクドカンの面目躍如たるユニークな視点があるのだが、一般のスポーツ好きの視聴者にとっては違和感しか残らないのかもしれないな。個人的にはわが意を得たり、だったが。

■人生での様々な出会いや挫折の中で何者かの導きで女子スポーツに辿り着く、本人も予想しなかった結末は、クドカンならではの解釈であろうが、非常にユニークな把握の仕方であった。一般的には”日本マラソンの父”として知られる金栗を、むしろ”女子スポーツの父”ではないかとする再解釈は挑戦的で刺激的だった。

■そもそも本作は大河ドラマというよりも、『天下御免』や『天下堂々』といった往年の脱ドラマに近い気がするので、そう思って観ればいいのだが、若い世代はNHKドラマのそういう歴史も知らないのだろうなあ。
(2019/7/1最終更新)

参考



天下御免』は早坂暁の傑作ドラマですよ。NHKにも録画が残っていないので、シナリオ読むしかないのだ。なんという不条理!

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