おとうと  ★★★☆

おとうと
2009 スコープサイズ 126分
ユナイテッドシネマ大津(sc3)
脚本■山田洋次平松恵美子
撮影■近森眞史 照明■渡邊孝一
美術■出川三男 音楽■冨田勲
VFXスーパーバイザー■貞原能文
監督■山田洋次

山田洋次市川崑の「おとうと」にインスパイアされて作り上げた、もうひとつの「おとうと」の物語。どの程度リメイクなのかと思いきや、ほとんどオリジナル作である。ところどころに、市川崑から借りた意匠を取り入れているが、その翻案の仕方も非常に上手い。ちゃんといまの時代を捉えた現代劇に仕立てられているあたりも、山田洋次の生真面目な仕事ぶりが発揮されている。

■前半の披露宴の鶴瓶の醜態の演出などは、いかにも松竹らしい泥臭さを感じさせるが、鶴瓶が発病してからのあいりん地区のドヤ街の場面になると、現代日本の最底辺で死ぬことの現実と、その中に自発的に発生した終末医療システムの見事な機能ぶりに、感心し、感動する。昨今乱造される難病映画ブームに対する老巨匠の示したお手本といえるだろう。

山田洋次の気持ちの中には、きちんと完結することの出来なかった寅さんの最期を、何らかの形で描いておきたいという意識があっただろうことは想像に難くない。鶴瓶の最期は、永遠のフーテン、寅さんの大往生でもあったはずだ。市川崑の「おとうと」を借りて、寅さんに終止符を打つという、そんな奇想天外な芸当のできるのは、山田洋次が生真面目一辺倒の人間でないことの証左だ。今回の脚本は、実によく出来ている。

■ラストの加藤治子による締めくくりも、なかなか近年の邦画ではありえない気の利いた場面で、山田洋次の演出力はますます絶好調だ。邦画でイーストウッドに対抗できる現役の演出家は、山田洋次しかいないだろう。

■蛇足だが、吉永小百合の背筋のしなやかな美しさは必見。背中の筋肉が生き生きと伸縮して綺麗な姿勢を支えている様は、その実年齢を考えると驚異的だ。

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