正統派のゴシック・ホラー小説で、特に目新しい趣向やアイディアは見当たらないものの、しっかりとした恐怖感を醸成して、無駄が無い。名品といっていいだろう。一応長編小説だが、230ページほどで、多分同じ物語をキングみたいに上下二巻に仕立てられると読んでいて腹が立つが、まさに無駄の無いその長さ(短さ)が読後感の後味の良さを引き立てる。おっとりとした上品な語り口に英国風の風情がよく発揮されていて、海から来る濃い霧に閉ざされ、上げ潮で容易に水没してしまう幻想的な沼沢地を舞台として、うなぎ沼の館に出没する黒衣の女の亡霊を小出しにしながら、その来歴を明かす本筋も過不足無いが、中盤に登場する名犬スパイダーの利発さと愛らしさに、動物好きならノックアウトされるだろう。秀逸な動物(愛)小説ともいえるだろう。
作品世界としては、「月下の恋」(こちらのほうが後)に近い感触で、どちらも映画化されていて、「月下の恋」も佳作だったが、本書の映画版は日本では公開されていないようで、アメリカで発売されたDVDも現在廃盤のようだ。評判も良い様なので、是非見てみたいのだが。