マリと子犬の物語 ★★★☆

マリと子犬の物語
2007 ヴィスタサイズ 124分
浜大津アーカス(SC1)
原作■桑原眞二、大野一興 脚本■山田耕大、清本由紀、高橋亜子
撮影■北信康 照明■川辺隆之 
美術■部谷京子 音楽■久石譲
特撮・視覚効果監修■泉谷修 特殊技術■清水俊文
特殊技術 撮影■桜井景一 特殊美術■稲付正人 操演■鳴海聡
監督■猪股隆一

新潟県中越地震に見舞われた山古志村、倒壊した家屋の下敷きになった祖父(宇津井健)と孫娘(佐々木麻緒)のもとに自衛官高嶋政伸)を誘導してきたのは飼い犬マリだった。しかし、救助ヘリに犬を乗せるわけにはいかず、追いすがるマリとその子犬たちを被災地に置き去りにすることに。後ろ髪を引かれる思いの孫娘とその兄は、山古志村に向かうが、嵐の中、道を見失う・・・

■動物映画のフォーマットを災害映画と融合させるという離れ業を見事にウェルメイドにやってのけた異色のファミリー映画。上映時間が妙に長いのは犬の演技をじっくりと見せるためだが、母親を欠いた一家の物語と、母犬と子犬の二つの家族を対比させた構成に技があり、家族の姿がしっかりと描き込まれるためでもある。ラストの再会シーンなど、わかってはいても、演出の間合いの巧さと犬の名演技のおかげで確実に泣かされる。

■しかも、監督こそテレビディレクターだが、製作は東宝映画で、スタッフは東宝での仕事も豊富な一流技術陣がそろい、大作ではないものの、映像の作り込みは本格的な映画だ。特に見せ場は、被災地の美術ワークであり、倒壊前の家屋の内部や庭まわりを作り込んだステージワークにある。土間に井戸があり、土間を囲うように台所と居間が90度角に配置されるというある意味舞台的な美術装置に工夫のあとがうかがえる。心配された自衛隊の扱いも抑制が効いており、最新鋭ヘリの登場場面も音楽で変に盛り上げることはなく、自衛官の活躍も高嶋政伸に絞って描写しているし、そもそも活躍らしい活躍はしていない。山古志での救出作戦なども、サスペンスの見せ場だが、淡々としたキャメラと編集がいまどき珍しい古典的な映画風だ。全般にキャメラワークも近年のハリウッド映画の手持ちカメラでぐらぐらと揺らして臨場感を煽るものではなく、フィックスを基本に日本映画の古典的なスタイルで統一されているのも好ましい。

■特に、特撮場面は期待を上回る高精度なもので感嘆した。仙頭武則が特撮監督を務めた「ありがとう」に負けては東宝特撮の名が廃るとばかりに地味な作業を的確にこなし、ケレン味が楽しい「茶々」の特撮研究所を凌ぐ正統派の特撮演出を見せる。特撮研究所や白組といった特撮工房に水を開けられていた東宝特撮の成果としては、近年特筆すべきものである。デジタルマット合成が一見それとわかるカットも数多いが、ほとんど気づかない場面でも大活躍しているはずだ。蛭子能収ががけ崩れに飲み込まれるシーンはこれまで何度も描かれてきたミニチュアワークとデジタル合成の組み合わせの定番演出でミスがないし、主人公の日本家屋が倒壊する場面などは、縮尺の大きな(1/6くらいか)ミニチュアを丹念に崩壊させ、数カットに割ってじっくりと破壊のプロセスを見せる王道の特撮編集を披露し、実に見事にリアリティとスペクタクルを両立させてみせる。ミニチュアならではの粘りと撓みが、リアリティを超えたドラマ性、つまり映画的演技を示しており、ミニチュア撮影という手法の積極的な意義を顕示する好見本といえる。倒壊した家屋の周辺の情景や自衛隊ヘリの活躍場面など、デジタル合成が大活躍のはずだが、ほとんど違和感がない。東宝特撮が久々に真価を発揮した記念碑的な映画といえるだろう。

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