戦後は続くよ、どこまでも…加藤典洋の『戦後入門』

■なにしろ約600頁超の大著なので、今年中に読み終えるかどうかと思ってましたが、読み始めると引き込まれますね。読み応えがあります。しかも読みやすい。読了すると、満足感も大きい。著者の書きぶりによるところが大きいと思う。著者はもともとこの歴史分野の専門家ではないので、逆に読みやすくなっていると思う。学者ではなく、文芸評論家としての思考であり、書きぶりゆえに。後の『9条の戦後史』は遺作で、最終的な編集調整をする前に作業ができなくなったので、本来ならもっと整理されて、すっきりしたものになったはずだった。本書を読むと、やはりそう感じる。

■いちばん印象に残ったのは、どちらかといえば脇筋なんだけど、天皇崇拝、国家神道の起源で、明治期に伊藤博文が考案したシステムであること。ドイツの師匠グナイスト・シュタインからは日本には仏教があるじゃないかとアドバイスされたけど、尊王思想で維新を迎えたこともあり、神道で国民を統合するんだろうなと思いきや、仏教界から神道なんてアニミズムの原始宗教じゃないかと痛いところを突かれて、宗教じゃないという建付けで国家神道を新規にでっち上げることに。

■しかも、現人神云々というファンタジーの部分は、まだ教養のない下々の一般国民向けの説明で、指導層、エリート層においては、実質的に天皇機関説であるという、建前と本音の使い分けを行った。一定の教養を身に着けたエリートだけに、天皇制のその本当の秘密を明かすというイメージだったらしい。それを「顕教」と「密教」という言い方で、鶴見俊輔は解釈した。天皇主権だって、あくまで建前の形式上の話。(のつもりだった)

■でも後に、天皇機関説は右翼と軍部から排撃され、国体明徴運動が起こり、建前が肥大化して暴走が始まる。明治期の重臣たちはそんなバカな、お前ら無知な一般大衆じゃないだろ!そんなこともわからないのか?という話だけど、明治憲法と同時に教育勅語が作られて、若い衆がきれいに洗脳されてしまったので、そんな混同が起こるわけです(まあ、分かったうえで開き直っているわけでしょうが)。教育勅語が1890年、国体明徴が1935年なので、その間45年も経過すれば、すでに世代交代して、教育勅語ありきの世代が台頭するわけです。ほんとに教育って怖いですね!

■それにしても、日本人にとって憲法は、明治期にはまだ民度が低かったからなんのことやら、上から降ってきたものという認識だし、敗戦後にもやっぱりGHQから降ってきたもので、自分で自分の国の形、国のあり様を考えるという経験がないまま今に至るんだね。

■もともと東アジア世界では政治は圧倒的な徳をもつ王が行うもので、民は上からの命令には大人しく従うものという永らくの構図があり、西欧伝来の民主主義などいまだに借り物の付け焼き刃にすぎない*1。難しい政治向きのことは賢い偉い人に任せるから、勝手に決めてくれという(江戸時代まで永らく続いた)一般民衆のスタンスが、「主権者」になったいまでもまだ抜けきれないのですね。

*1:なにしろ「市民革命」を経験していないから。でも、自由民権運動大正デモクラシーがあったように、明治憲法下でも、必ずしも民主主義がずっと借り物の理念ではなかったということは、後に読んだ本で知ったことです。

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