おら、ロンドンさ行ぐだ?ポストコロナの吸血鬼にアレは効かない!意外な良作『ドラキュラ デメテル号最期の航海』(レビュー/感想)

基本情報

The Last Voyage of the Demeter ★★★☆
2023 スコープサイズ 119分 @イオンシネマ京都桂川

感想

■19世紀末、ルーマニアのカルパチア地方からロンドンまで、謎めいた木箱を運ぶことになった帆船デメテル号。だが、航海中に犬や家畜が何者かに惨殺され、積み荷の中から瀕死の女が転がり出る。船は呪われている。不吉な航海は船員たちをつぎつぎと犠牲にしてゆくが。。。

■ブラム・ストーカーの「吸血鬼ドラキュラ」からデメテル号の航海の部分だけを抜き出して映画化した異色作。製作はなぜかドリームワークスが参加し、監督はあの『トロール・ハンター』を撮ったアンドレ・ウーヴレダルで、撮影はトム・スターンという豪華版。いかにも地味な映画なので、渋すぎるかと危惧したが、ちゃんと活劇になっているから偉い。でも、とにかく映像が暗いから、映画館で観ないとトム・スターンの撮影の味はわからない。個人的にはもっとコントラストを強めにして、照明効果ももっとモノクロ映画的に様式的にしてほしいところだけど。

■主人公のクラレンス医師(コーリー・ホーキンズ)はケンブリッジ大学医学部初の黒人卒業生だが、差別により定職を得ることが出来ずルーマニアで食い詰めている。でも、船内で頻発する怪異は呪いや悪魔の仕業ではなく、科学的に解明できると信じている。この世界を知りたい、理解したい、それが願いだ。対する老練の船長は、世界は受け入れるものだと応える。さらりと登場人物の設定と、この映画のテーマを提示する。お話の主筋はありきたりのもので、怪異描写にもそれほど新鮮味はないけど、映画として筋が通っているし、終盤でちゃんと活劇としてのカタルシスを仕込んでいるし、コロナ禍で全世界が経験した悲劇や恐怖をモチーフとして下敷きにしつつ、マイノリティに対する差別との対峙まで盛り込んで、実はかなり盛りだくさんの脚本で、これが成功の鍵だった。

■船内には船長の孫の少年がいて、その終盤のエピソードはとても残酷だけど、よくできた場面で、その残酷さは映画のためのわざとらしいお涙頂戴の作りごとではなく、コロナ禍のなかでつい2,3年前にわれわれが経験した悲劇のリフレインなのだ。この場面はこの映画の肝で、この場面が成功すれば、その後の反撃のドラマに弾みがつくことになる。

■本作の吸血鬼は例のアレが通用しないという大きな改変が行われていて、それは主人公の近代的合理主義の思想と対を成していて、クライマックスの反撃の可能性を示唆する。コロナウィルスにアレが効かなかったのと同じように、本作の吸血鬼にも通用しないのだ。だからあれは悪魔でも魔物でもなく、腹も減るし、眠りもする獣(ビースト)なんだ。だから殺すことはできるはずだ!このあたりの展開は純粋に活劇として燃える。

■さらに、この時代のマイノリティとしてアナ(アシュリン・フランシオーシ)という娘(実はそんなに若くないらしい)が登場する。詳しくは書かないけど、これを安易に『エイリアン』のリプリーの二番煎じで戦うヒロイン的に扱うのかと思いきや、ちゃんと時代の犠牲者として描くところに、脚本の批評性と気骨がある。だから、最後に彼女が選択する自分の運命の決着には、迂闊にも泣かされる。自分の意志で選択して、生きることのできなかった時代、地域、そして女という性別。短い登場シーンのなかでの点描だけど、活劇映画だからこれでいいのだ。塩梅としてはベストだ。

■主人公はロンドン到着の前に、デメテル号とともに怪物を海底に葬り去ろうとするが。。。このあたりの段取りも即物的で物理的な活劇に落とし込まれているので、ホントに悪くない。ユニバーサルモンスターリブート企画は、結構混乱していて、『ザ・マミー 呪われた砂漠の王女』は超大作で大失敗、『透明人間』は小粒に仕立てて大成功、本作はその中間くらいの規模感だろうか。しっかり続編ありきの作りだけど、ヒットするかなあ?


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