古臭い古典などではなく、今ここにあるリアル『怒りの葡萄』

基本情報

怒りの葡萄 ★★★★
The Grapes of Wrath
1940 スタンダードサイズ 128分 @DVD

感想

ジョン・スタインベックが1939年に書いて、ピューリッアー賞を受賞し、後にノーベル文学賞を獲得する主因となった歴史的な傑作小説が原作。でも、なんとなく内容が古そうで敬遠していたところ、朝日新聞桜庭一樹が紹介していた文章を読んで、これは必読じゃないかと、俄然興味がわいた。目から鱗が何枚か落ちたので、取り急ぎ映画を観ることにしたもの。いや、映画も十分に傑作です。ジョン・フォードですからね。
■1930年代末、荒廃したオクラホマの地を大資本に追い出され、たった一枚のチラシで観た夢のカリフォルニアで職を得ることを目指して、貧農の一家は一台のオンボロトラックに乗ってルート66を西へ向かう。それは想像を絶する過酷な旅で、そのうち、祖父が死に、祖母も命を落とす。命からがらたどり着いたカリフォルニアだが、彼らは夢に見た緑の農場ではなく地獄のようなキャンプに送り込まれる・・・
■これなんといっても物語が全く古びていないことに驚愕した。80年前のアメリカの姿のはずなのに、今世界のどこかにあるリアルな現在進行形の現実にしか見えない。オクラホマの小作農の一家の無残な流転の姿に、資本主義社会の構造的矛盾をこれでもかと、切々と抉りだして見せる。そのリアリズムは撮影監督のグレッグ・トーランドも貢献も大きいだろう。
■さらに、オクラホマを出て約束の地に向かう旅は旧約聖書出エジプトを下敷きにしていて、聖書の物語にダブらせて語られる。これはアメリカ映画では一般的に多用される趣向だが、その旅の過程の厳しさが大きな説得力を生んでいる。一家の父親がドライブインで子供にパンと飴をなけなしのお金で買い与える場面は、水際だった作劇の上手さもあって、その後いろんな作品に影響を与えているに違いない。例えば、帰ってきたウルトラマンの「怪獣使いと少年」のパン屋のエピソードにも波及していないだろうか。ほんとにこれ以上遣る瀬無い状況は思いつかないし、他人の人情の温かさに感動する場面もない。
■そして、主人公のヘンリー・フォンが、信仰を喪った説教師と出会って、彼によって自分の使命を悟るという物語でもある。その構図も聖書に基づいているが、信仰と共産主義が微妙に重なり合うところがユニークだし、そのなかで命は一つ一つ独立しているんじゃなくて、一つ一つの命は大きなひとつの命に帰っていくのだという生命観というか宇宙観まで描きこまれる。この映画(小説)の凄さは、特定の宗教や思想のために書かれたのではなく、人間や社会や生命観や死生観を丸ごと呑み込んで物語が編まれていることにある。(小説はまだ読んでないけど!)こういうのを「全体小説」と呼ぶんじゃないでしょうか?(よく知らんけど)
ヘンリー・フォンダが説教師の生き方と死にざまに導かれて最後にはキリストのような境地にたどり着いて、母親との別れ際に言う台詞は極め付きの名台詞だし、プロデューサーのザナックが無理やり追加したと言われている(ホントかなあ?)母親のラストの台詞も素晴らしいじゃないか。あれが無ければ、身重の娘はどう見てもあのまま衰弱死してしまいそうだもの。(原作ではちゃんと驚愕の展開が描かれている)
■本来なら3時間映画に仕立てられる大作で、ラストも原作小説には続きがあるらしいのだが、あまりに辛い現実を見せられるので、さすがに3時間はキツイだろう。ラストの改変も決して悪くないと思うよ。(でも、60年代に70ミリ映画で見せて欲しかったなあ。ロバート・ワイズ監督で!)
■ちなみに、山田洋次が1970年に撮った『家族』という映画は、本作を下敷きにしている。日本に舞台を置き換えて、高度成長期に万博に沸くわが国を、長崎の小島から北海道の農地まで旅する貧農の一家のやるせない姿が描かれた。個人的には子どもの頃に観て、トラウマ級のやるせなさを植え付けられた凶悪な映画。でも『怒りの葡萄』のような全体小説感は無い。まだ山田洋次も若かったのだと思う。今なら、もっと宗教的な内容になっただろう。

参考

このあたりが新訳で文字も大きめで読みやすそうだ。まずはこれを読もう。

怒りの葡萄〔新訳版〕(上) (ハヤカワepi文庫)

怒りの葡萄〔新訳版〕(上) (ハヤカワepi文庫)

こちらの新訳はかなり癖があるようだ。読む人を選びそうな文体。と思ったら、最初のあたりだけで、その後は平易な翻訳のような。
怒りの葡萄(上) (新潮文庫)

怒りの葡萄(上) (新潮文庫)

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