■特にちくまプリマーブックスは中高生をターゲットにしながらも、胡散臭い自称評論家やインフルエンサーではく、基本的に正統的なバックグラウンドを持つ大学の研究者が書いているので、ちゃんと学術的な根拠がある記述になっていて、一定の信頼感がありますね。特に、心理学、精神科学ジャンルについて、子どもたちに寄り添った著作が多くて、それらは特に読みやすくて、あっという間に読めます。
■一方で、政治、歴史分野についても、ちくま新書の執筆陣を中心に、なかなか意欲的なものがあり、『はじめての明治史』も読みましたが、あれは複数著者で章を分担する形式で、個人的にはちょっと気がいかない感じがあります。一方、本書は全部井上寿一が書いているので、統一感があります。実際、いくつか気になるトピックがあったので、備忘的に書いておきます。
政友会と民政党
■明治の政友会と民政党は、米国の二大政党と異なり、基本的な政策は同じで、財政政策に違いがあった程度だけど、相手を攻撃するときに、よりによって「天皇大権」を道具として持ち出して批判するので、これが後に統帥権問題などを惹起する契機になったというあたりは非常に興味深いですね。明治憲法の宿痾でしょうけど、それを言っちゃあお終いよという一線を、目先の喧嘩のために勢いで、超えてしまうのだね。そこが怖いところ。
大平政権の総合安全保障研究
■1980年、大平政権で検討された「総合安全保障研究」は、米国一本槍の「ハードパワー」ではなく非軍事分野を重視した「ソフトパワー」による日本の安全保障という理念を掲げたものだそうです。これ、確かに当時耳にしていたかもしれないな。
■ただ、以下の「総合安全保障研究グループ報告書」を読んでも、ちょっとニュアンスが異なるような気がするなあ。高坂正堯、江藤淳、曽野綾子、渡部昇一というメンバーをみれば、おおよそ察しはつくけど。しかも、世界情勢が大幅に変わってしまったからなあ。
worldjpn.net
ohira.org
■でも、内容の当否はあるにせよ、9つのグループからなる政策研究会を立ち上げて、学者たちに中長期的な政策を検討させるという姿勢は再評価が必要だと思うなあ。1960年代から1980年代までは、まだこうした理性や知性による未来設計という考え方が当然に存在したけど、時代が下っていまどきでは、政治は特定の宗教団体やカルト集団の(教義の)言いなりだからなあ。政治思想の劣化も著しい。
5.15東京ブラックアウト計画
■1932年、5.15事件の際に、橘孝三郎率いる愛郷塾は、帝都東京の不夜城を、二、三時間ほど暗黒にする計画を実行に移します。手榴弾を変電所に投げ込むものの、計画は不発に終わる。これ、だれか映画にしませんかね。
坂田山心中事件
■天国に結ぶ恋で有名な、あの1932年の坂田山心中事件ですが、当時の読売新聞は後発組だったこともあり、大衆化路線を狙った独特の社風で、突撃レポート的な扇情的な記事を打ち出していたそう。まあ、戦後も同じだけど。
■重機でクレーンを吊り下げた三原山火口大探検の記事は不謹慎にもほどがある内容で、開いた口が塞がらない。。。さすが、読売。
「投書階級」による自縄自縛
■これも非常に興味深い事象ですが、戦時下のメディア統制や自粛は、上からの圧力や統制だけでそうなったのではなく、明治以降に都市部で生まれた中間層が「投書階級」として新聞などに投書して民意を形成し、自ら望んで自縄自縛に陥ったのだということ。「自粛警察」や「正義マン」(こんな言葉があったのね)のルーツは、そこにあった。
■昔読んだエーリッフ・フロムの古典「自由からの逃走」がいまだに生き続けていることからみても、人間の心理の深いところに根ざす社会心理学的な事象だと思うけど、業が深いなあ。所詮人間に自由は重すぎるのか?
■といったところで、かなり印象深いトピックが多かったので、いい本だと思いますよ。あっという間に読み終えるけど、若者だけでなく、大人にも読みでがあります。巻末の参考文献も役に立ちます。まあ、自著が多いけど。


