夜の鼓 ★★★★

夜の鼓
1958 スタンダードサイズ 95分
KBS京都録画
脚本■橋本忍新藤兼人
撮影■中尾駿一郎 照明■平田光治
美術監督■水谷浩 音楽監督伊福部昭 特殊技術■岡田明方
監督■今井正

■なぜかDVDが出ていないのでなかなか観る機会のなかった本作だが、KBS京都のおかげでやっと観ることができた。江戸詰めから戻ってみれば、国許では不在中に妻が不義を働いたという噂が城中に立ち込めており、一族郎党はお家の一大事とばかり事の真相を究明しようとするが・・・というお話を橋本忍お得意の回想形式で描く本格的な時代劇で、今井正が拘りぬいたリアリズム演出を披露する。全盛期の橋本忍なので、とにかく面白すぎるくらい面白い。
■鼓の師匠との不義密通という武家の妻の下半身問題が一族郎党の運命に直結するという理不尽な封建時代において、武家の女性の性愛の発露は命がけであったという残酷物語である。桃祭りで酒を飲みすぎてしまったことから秘めた欲望を明かしてしまった過ちが明らかになる。有馬稲子が絶品といえる妖艶さを醸し出しており、まったく見違えるほど素晴らしい。今井正の演技指導は過酷なものだったらしいが、その成果は十分に表れている。対する鼓の師匠は森雅之で特別なことするわけでないが、存在感の色香がそれだけで説得力満点。
■不義の噂をめぐって親類縁者を巻き込んだ恐慌が走る様子はさすがに橋本忍の筆の冴え、社会組織の理不尽さなメカニズムを観察するについては、日本一の感性を持っている。その過程が非常にサスペンス豊かだし、物事が悪い方向に進むに違いないことを予見させる不吉な空気を的確に醸成してゆく。こうした作劇の着眼の鋭さは橋本忍の独壇場だ。毛利菊枝の一言が不気味な予兆を示すあたりも、見事なものだ。
■硬派な社会劇としての橋本忍の筆の冴えに新藤兼人が女の心理を描きこんだそうで、その成果は三国連太郎有馬稲子のやり取りに生きているのだろう。
■『ひめゆりの塔』『あれが港の灯だ』などを観ても、今井正は本当の意味でのアクション映画の名手であると思っているのだが、本作でもその確信を深めた。終盤の妻の手討の場面から、森雅之の視点で描かれる恐怖の妻敵討の顛末まで、畳み掛ける演出で壮絶な見せ場となっている。もちろん、一滴の血も流れはしないし、ためにする派手な殺陣があるわけでもないが、理不尽とも思える敵討ちの残酷さは、観客が森雅之の視点に導かれることから凄まじい恐怖感にかわる。その脚本構成の巧みさと演出の確かさには舌を巻いた。
■妻の手討も理不尽なら、白昼堂々の姦夫のなぶり殺しも不合理なもので、そのことは念願成就したはずの夫の魂の抜けたような表情に凝縮されている。彼は自分の意思でそうしているわけではなく、封建制度という社会の要請、役割に殉じて行動しているに過ぎないのだ。そこに人間の悲劇の元凶を見出しているのだ。そして封建制とは呼ばれないものの、今を生きるわれわれの社会や組織の中にも同じことは生き残っているのではないかと問いかけるのだ。表面上の残酷描写など一切無いが、確実に物凄いものを観てしまったという禍々しさが心に滓を残す傑作時代劇だ。