ヴィヨンの妻 桜桃とタンポポ ★★★☆

ヴィヨンの妻 桜桃とタンポポ
2009 ヴィスタサイズ 114分
ロコ9シネマ
原作■太宰治 脚本■田中陽造
撮影■柴主高秀 照明■長田達也
美術監督種田陽平 美術■矢内京子 音楽■吉松隆
ビジュアルエフェクト■IMAGICA
監督■根岸吉太郎

根岸吉太郎らしい上品な演出で、終戦直後のある特異な夫婦の人間関係の不変さを丁寧に描く夫婦もの映画の秀作。昔、東宝の傍系である東京映画で豊田四郎が撮っていたような贅沢な文芸映画の、もう少し灰汁(アク)の弱い部類の映画だ。太宰治に材をとった「夫婦善哉」とも言えるだろう。そういう意味では人間関係にもっと笑いがほしい気はする。
■巻頭から卒塔婆の金輪が逆回転するという「地獄」でも使ったエピソードを持ち出してくるあたりが田中陽造の面目躍如だが、その後の展開には超自然的な現象は(残念ながら)起こらない。浅野忠信ははまり役といえ、自堕落な死にたがりを魅力的に演じている。いい女が寄ってくるのも仕方ないという、特異な磁場を感じさせるから偉い。その磁場が金輪を逆に廻し、地獄堕ちを呼び寄せるという振りには説得力がある。いま考えれば、西島秀俊という線もあったかもしれないが、もっと冷淡で酷薄な感じの人間像になっただろう。
■実質主演は松たか子で、この映画は彼女のために企画されたものだが、結果的には上品すぎて、生きていくことの切迫感が感じられない。貧乏暮らしにも、美術セットの細工はそれらしいものの、存在感の中に、貧しさと困窮というものの染み込んだ澱の部分が見えないのだ。そうした境遇の中でもタンポポのように朗らかで人を鼓舞する女性という設定はわかるのだが。
■美術セットはスケールは大きくないものの、密度の高い構築で贅沢なものだし、撮影も柴主高秀なので安心して観ていられる。東宝配給の文芸映画としての商品性は非常に高いレベルで完成されている。ラストシーンなど、いまの日本映画としてはこれ以上は求めようが無い完璧なものだ。さすがは根岸吉太郎、頼もしいことだ。妻夫木聡の配役はフジテレビの要請だろうが、場違いな印象だ。非常に重要な役柄の伊武雅刀も悪くはないのだが、もう少し人間像に深みがほしい。
■製作はフジテレビ、パパドゥ、新潮社ほか、制作はフィルムメイカーズ。

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