出口のない海
2006 ヴィスタサイズ 121分
MOVIX京都(SC4)
原作■横山秀夫 脚本■山田洋次、冨川元文
撮影■柳島克己 照明■渡辺三雄
美術■福澤勝広 音楽■加羽沢美濃
VFXスーパーバイザー■貞原能文 オムニバス・ジャパン
監督■佐々部清
太平洋戦争末期、伊号潜水艦に搭乗する回天搭乗員たちは、いつか訪れるはずの出撃に備えて、じりじりとした待機状態にあった。主人公並木(市川海老蔵)は、明治大学の野球部員だったが、大学海軍に志願して回天搭乗員となるまでを回想する。そして、敵艦にむけ同僚たちが出撃するなか、ついに彼に出撃命令が下るが・・・
人間魚雷回天を扱った映画には松林宗恵の「人間魚雷回天」という名作があるのだが、残念ながら未見。「あゝ回天特別攻撃隊」では回天の開発と正式採用のプロセスにかなりの部分を費やしていたが、本作では、普通の大学生が軍隊を志願し、なかでも決死の特別攻撃兵器回天の搭乗を決意する意識の流れの中に、出口のない青春の姿を炙り出す青春映画として構築されている。野球部員としての青春と、動く密室ともいえる回天の中での閉ざされた青春を対比させて、あの時代の悲劇を静かに訴えかける。特にラストの終戦後の時点で明らかにされる主人公のメッセージの悲痛さが素直に胸を打つ。
何故戦争が起こったのか、その責任は誰にあるのか、戦争指導者は何をどう考えていたのか、戦場で人間はどう変貌するのか、といった激しいテーマは回避され、戦争という避けがたい運命的な大状況のなかで、生きたひとつの青春の姿をじっくりと描き出すところに声高で直截なメッセージ性を超えた感動がもたらされる。その意味では、さすがに大ベテラン山田洋次の計算は確かなものだ。ただ、例えば東映のように激しい葛藤のなかでテーマを浮かび上がらせるドラマツルギーとは異なり、平凡な人間としての主人公の視線だけで物語が語られるので、テーマに幅が出ないし、あまり深く掘り下げられないという憾みが残る。
主役の市川海老蔵は当時の学生としては体格も風格も立派過ぎてリアリティには欠けるのだろうが、映画の主役としては実に立派なものだ。できればこの人に三島由紀夫をやらせて、楯の会事件を映画化してほしいものだ。上野樹里は役不足だが、伊勢谷友介は演技的には未熟なものの、若き日の丹波哲郎や内田良平を思わせるシャープな風貌が眼を引き、将来の大器を予感させる。この線で個性派脇役として熟成したい才能だ。伊号潜水艦の搭乗員が香川照之と田中実で、香川の人間味と田中の理知的な補佐ぶりが意外なアンサンブルを生み、この映画の美点となっている。このあたりは役者と演出の化学反応の面白さだ。
VFXはCGとデジタル合成だけだろうと思いきや、「鉄人28号」「小さき勇者たち」の特撮チームがミニチュア撮影を担当しており、村川聡や白石宏明らの名前が見える。ミニチュア撮影の撮りきりカットはなさそうだが、これは全く気づかなかった。特撮シーンは総じて暗い画調で、立ち昇る気泡なども平面的で、潜水艦特撮としては「ローレライ」のほうに軍配が上がるが、伊号潜水艦の艦上シーンなど、デジタル合成がかかっているはずだが、かなり自然な立体感の感じられる仕上がりで、「ローレライ」の艦上シーンに比べると実にリアル。ロケ撮影ではないと思うが、艦上設備の造作物が自然な立体感を生むし、夜間の設定のせいもあるだろうし、カラーコレクションがうまく成功したのだろう。
松竹映画にしては潜水艦の内外の美術セットに豊かな質感が感じられ、光線と色調のコントロールが行き届いた安定感と統一感のあるルックを生み出した柳島克己キャメラマンの働きが大きいだろう。決して潤沢ではなかったはずの美術も福澤勝広の粘りが感じられる。特に「ローレライ」と比較すると、この映画がいかに地に足の着いた映画であるかがよく分かる。