事件 ★★★★

事件
1978 スコープサイズ 138分
BS2録画 
原作■大岡昇平 脚本■新藤兼人
撮影■川又 昂 照明■小林松太郎
美術■森田郷平 音楽監督芥川也寸志 
監督■野村芳太郎


 工員(永島敏行)が恋人(大竹しのぶ)の姉(松坂慶子)を刺殺した事件をめぐる刑事裁判をリアルに追いながら、容疑者を中心とする人間関係の複雑な綾が浮かび上がり、裁判に関わる人間達の事件に対する想いが交錯する様を着実に描く。

 日本映画が大人の観客をターゲットにしていたおそらく最期の時代に発表された傑作法廷劇。ミステリーではないので、事件そのものに捻りがあるわけではなく、架空の事件を中心にすえて、裁判の当事者たちの人間模様と事件へのかかわり方をリアルに描き出しことで、この時代とそこに生きる人間を照射しようとするのが、狙いだろう。

 裁判制度が云々とか、少年法が云々といった、今日的なテーマ設定ではないが、昭和の一時代を生きた人間達の喜びや悲しみや惨めさや力強さといったものが、多面的に描き出され、芥川也寸志の下品にならない程度に叙情的なテーマ曲がラストに繰り返される時には、重厚な感動が呼び覚まされる。

 なにしろ、裁判官が佐分利信で、検事が芦田信介、弁護士が丹波哲郎、召喚される証人が西村晃森繁久弥北林谷栄という面々で、その演技合戦を臭い芝居の応酬の場に堕さしめなかったのは、野村芳太郎の手綱さばきの確かなところだ。おかげで演技合戦を堪能することができる。

 もちろん、いちばんの役得は大竹しのぶで、姉の恋人を略奪し、裁判で堂々と偽証するしたたかな娘を圧倒的な迫力で演じて、鬼気迫る生々しさがある。一方で、翻弄される永島敏行の不甲斐ない様子が、この映画が描く事件の、今から考えればある意味で気楽な、”心の闇”なんて言葉を考え出すまでもなく了解可能な性格を表している。

 この映画のラストの清々しさは、傷ついてゆく青春を分別ある大人たちがそれなりに理解して抱え込んでいく懐の深さが生きていた時代ならではのものかもしれない。プロフェッショナルとしてやけにカッコいい丹波哲郎の弁護士が、実刑判決に深刻に悩みこむ青年の心理を的確に分析してみせ、よくあることだと断じる、ラストの対比が、この映画の懐の深さをよく示している。


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