『空獏』

■9つの連作短編と10の掌編からなる、獏と夢と西瓜と戦争をめぐるファンタジックなハードSF(?)。獏システムの中で夢見られる新世界は、宇宙の彼方からやってくる不可知の敵との戦争を戦い抜くため、兵士には戦場の実情ではなく、長閑な夢を仮想現実として見せていた。そして、兵士に志願すると、幸せな思い出がオマケとしてもらえるというのだ。

■おなじみの北野勇作ワールドなので、連作短編もひとつのストーリーラインに単純に回収されず、関係ありそうで、無さそうな独立したエピソードとなっている。それでも、部分的に重なりあう部分が共鳴して、すべてが不確かで曖昧な世界観の中に、一定の指向性を浮かび上がらせる。

マトリックスとかエヴァンゲリオンとかうる星やつらとか、いろんなおなじみの映画で観たような細部も見受けられるのだが、全体として紛れもない北野勇作的な曖昧模糊としたハードSF世界を形成している。特に本作は「どーなつ」と比べても、テーマ性がはっきりしているので、困難なテーマにしては読みやすいし、腑に落ちやすい。西瓜を巡るイメージの連鎖と変遷は圧巻。特に、敵に観測されている宇宙のおぞましいイメージが西瓜の果肉と種の有様に重なる部分は、凄いとしか言いようがない。

■作り直した世界もまた、あるともないともわからない、なんのため誰と戦っているのかもわからぬ戦争状態を抱え込み、そのため生と死が際限なく繰り返され、ただそうした状態が続くことが自己目的化したような、死んだような生が繰り広げられる。その有様は、悲惨ではなく、滑稽であり、ある種の達観に支えられている。その視点は、SF世界にあっても、名もない庶民のものである。プロレタリアSFとでも呼ぼうか。

■作者がインタビューで岡本喜八の「肉弾」の話を持ち出しているのに、はたと膝を打った。そうそう、まさにそう。作者の狙いの「ひたすらかっこわるくてセコくてアホらしい戦争の話」という部分は、まさに岡本喜八の描く戦争そのものだ。

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