おくりびと ★★★★

「おくりびと」オリジナルサウンドトラック
おくりびと
2008 ヴィスタサイズ 130分
ユナイテッドシネマ大津(SC6)
脚本■小山薫堂
撮影■浜田毅 照明■高屋齋
美術■小川富美夫 音楽■久石譲
VFXコーディネート■金子俊夫
監督■滝田洋二郎

■失職したチェロ奏者が故郷の山形でなぜか納棺師の会社に就職し、周囲や家族の偏見に耐えて、亡き人を弔う仕事の意義に魅せられてゆくという、相当な異色作。
山崎努が出演していることでもわかるように「お葬式」から始まる伊丹映画の路線を踏襲する目論見も含まれた企画だが、古くから日本人の意識と無意識に染み込んだ死の穢れに接する職業人に対する差別意識を正面から描いた点で、日本映画の中でも極めて特異で、勇気ある作品となっている。
■バスの中では女学生に臭いと囁かれ、広末涼子は「触らないで、けがらわしい」とストレートすぎる反応を引き出して、死者の旅立ちの儀式に力を添える職能人たちに対する差別意識を掘り起こしてみせる。映画の上映時間中2/3までは、それがテーマになっており、その後で主人公を幼い時に捨てた父親のエピソードが回収されることになる。
■夫の職業を忌み嫌っていた妻が、納棺師の仕事を目の当たりにすると、その儀式的な美しさと死者や遺族に対するに尊敬の念を感じ取って偏見を溶かしてゆく場面がクライマックスになる。このあたりは、納棺師の執り行う儀式を観客にうっとりするほど優美に描き出した演出の勝利で、ベテラン滝田洋二郎の懐の深さに感心する。ただ、日本の地域社会と差別の問題にはある程度のリアルな認識を持たざるをえないはずの市役所職員の杉本哲太が露骨に「あんな仕事はやめておけ」と言い出すのは、あまりリアルではない。
■主役の木本雅弘のほかに、笹野高志も人間の死にかかわる職能人として登場するに及んで、脚本の小山薫堂の狙いは明確であり、熊本出身であるはずの彼は、おそらく故郷で被差別部落や賎民、被差別民と呼ばれる穢れに関わる職能人たちに対する何らかの個人的経験を持っているに違いないだろう。人間の日常的営みは、ヒルズのIT社長や外資のセレブといった浮ついた非現実的な存在ではなく、こうした陽のあたらない、時には故無き差別さえ受けるような人々の働きによって成り立っていることを教えてくれる啓蒙映画でもある。”働くおじさん”映画の一変種ともいえよう。
■石文(いしぶみ)という小道具を使って父親との心の結びつきを描いたのも、いい工夫で、見事な脚本だ。ところどころに泣かせどころが仕掛けられ、滝田洋二郎はそうした場面はちゃんと押すのだが、ラストがすっきりしているので、ありがちな蛇足がだらだら続く愁嘆場にはなっていない。
■当然のように、死の穢れのリアリティを認識させるため、死後二週間経過した独居老婆の遺体の納棺というハードな現場も登場するが、グロテスクな直接描写は抑制されているので、安心して観てくださいな。しかし、日本映画としては本年随一の問題作だと思いますよ。立派な”社会派映画”です。
■製作はTBS、セディック・インターナショナル、松竹ほか、制作はセディック・インターナショナル。

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