感想(旧HPより転載)
女嫌いの海賊船の頭目(長谷川一夫)には、入れあげた太夫(京マチ子)に裏切られ、上司(河津清三郎)に陥れられた苦い過去があった。たまたま拾い上げた駆け落ち者の片割れが太夫に生き写しだったことに心を奪われ、男(木村功)に女の真情を図る残酷な取引を持ちかけるのだった。
無声映画時代に脚本を手がけた同名映画のリメイクを長谷川一夫&京マチ子の当時の大映を代表する豪華カップルで描き出した永田雅一制作による大作だが、どう考えても伊藤大輔の美質が見あたらない凡作。
古風な海賊映画の装いとは裏腹に、長谷川一夫が女に負わされたトラウマをめぐって、激しく内省が繰り返される極めてミニマムな物語で、やたらと説明を繰り返す脚本に対する齟齬感を隠しきれない。
なにしろ長谷川一夫がそうした内面の葛藤を演じ切れておらず、一体この映画の目指すものが何であるのかを察知するのは難しい。二役を演じる京マチ子にしても、例えば森一生の「籐十郎の恋」での絶妙の巧演が信じられないようなステレオタイプな役作りで、もちろん脚本と演出の不備もあるだろうが、その差の大きさには唖然とする。まことに、森一生侮りがたしである。
ただし、その他のキャスティングの愉しさは格別で、頭目に仕えるせむしの小男に堺俊二、荒くれの海賊に田崎潤、伊達三郎といった強面を揃え、しかも直接的な描写はないものの、セックスの臭いを紛々と発散させて極めて異様な航海空間を描き出している。
海賊船の造形はさすがに東宝の同様のセットに比べればスケール的に見劣りするし、宮川一夫のキャメラにも特に挑戦的な部分が見えないのだが、今井ひろしによるミニチュア特撮がほのぼのと楽しい。そういえば、遠景にミニチュアの船舶を配置して手前で芝居を演じさせるカットがあり、ステージ撮影ならではの空間造形には宮川一夫の意欲が辛うじてうかがえる。
しかし、なんといっても最大の見物は京マチ子を差し出して自分だけは生き残ろうと奸計を練る木村功の卑怯未練な小心男ぶりで、堺俊二との船上での凄惨かつ滑稽な決闘は、こうした役を演じさせては当時日本一だった彼のまさに独壇場である。木村功の演じたその天晴れなほどに無様な生き様こそ等身大の我々の日常の姿にほかならないのであり、そのことを克明にフィルムに記録し続けた当時の彼の映画活動は特筆に値するのではないか。
(2000/11/11 シネマスコープ BS2録画)