『ゴジラ2000ミレニアム』

ゴジラ2000ミレニアム
1999/シネマスコープ
(99/12/11 京都スカラ座
脚本・柏原寛司、三村 渉
撮影・加藤雄大 照明・粟木原毅
美術・清水 剛 音楽・服部隆之
特殊技術・鈴木健二
監督・大河原孝夫

感想(旧HPより転載)

 遂に公開されたゴジラ新世紀だが、一体どのあたりが新しいのか、首を捻ってしまう。ほとんど予想通りのダメさ加減にも意外性がまるでない。すべてがそれなりにありきたりで、意欲が感じられない。あるいは意欲が不幸にも空回りしている。その原因は何といっても平成ゴジラシリーズでマンネリの泥沼にはまり込んでいたはずのスタッフを引き続き起用してしまったプロデュース側の無策によるものだろう。

 誰が観ても明らかにこのシナリオは拙すぎる。口が裂けても決して適任とはいいがたかった前シリーズの大森一樹だが、「ゴジラVSビオランテ」のシナリオのほうがよほど趣向が斬新でかつストーリーテリングのサスペンスに溢れていたし、ゴジラに戦後日本の虚飾の繁栄を批判させた豪快無比な「ゴジラVSキングギドラ」のほうがよっぽど骨太だったぞ。

 そもそもこの物語の主役はゴジラではなく巨大UFOとその正体のほうにあり、ゴジラは通りすがりに事件に巻き込まれてブチ切れた暴れん坊に過ぎないという扱いで、ゴジラ新世紀を飾るにしては主役扱いになっていないのも不誠実というものだろう。おまけに巨大UFOを巡るドラマが拙劣すぎるので、台詞も芝居もほとんど正視に耐えない。

 もっとも霧の根室に上陸したゴジラの脅威をゴジラの部分的な描写で積み上げていった冒頭部分はかなり上出来で、デジタル合成による実景とミニチュアワークの大胆なマッチムーブは平成ガメラでもお目にかかれない秀逸なカットを含んでおり、このシーンに関する限り、鈴木健二は「ゴジラVSビオランテ」での川北紘一と同じくらいの技術革新を成し遂げている。東海村での空撮素材にゴジラをはめ込んだデジタル合成も壮絶で、明らかにマッチムーブに失敗しているのだが、その意気やよしといったところだろう。もうすこしポストプロダクションに時間をかけられれば、より完成度はあがったはずだけに惜しまれる。

 おそらく、富山省吾や大河原孝夫の本心はこうした部分の演出にこそ潜んでいる違いなく、その志向はほとんど全てのファンやマニアと同じであるに違いないのだが、そうした志向で作劇を統一できるほど東宝という組織は柔軟ではないというのが、今日のゴジラおよび特撮映画の不幸というものだろう。

 しかし、脚本、撮影、音楽,演技すべてが低調で、美術的にも大きな見せ場が無く、なぜかほんの点描程度に過ぎない居酒屋崩壊シーンなどで東宝の美術スタッフならではの本格的な仕事を見せているのも困ったものだ。

 とりあえず今回はこのあたりで辞めるが、少なくとももう一度は観て、引き続きこき下ろしたいと思う。天下の(?)東宝がこの程度のレベルで安穏としていられると日本映画ファンが困るからだ。

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