『フリージア 極道の墓場』

基本情報

フリージア/極道の墓場
1998/ビスタサイズ
(99/1/16 V)
脚本・加藤祐司、TA-KE
撮影・柴主高秀 照明・渡部 嘉
美術・丸尾知行 音楽・Gary芦屋
監督・渡辺 武

感想(旧HPより転載)

 十年前凄惨な殺しで恐れられた三浦友和が出所し故郷の街に戻ってくる。そこで出逢ったスナックの女初瀬かおるやチンピラヤクザとともに、生き方を変えてゆくことに微かな希望を抱き始める。だが、三浦をホモセクシュアルに慕う弟子のヒットマン哀川翔は彼が変わってゆくことを許すことができなかった。彼らは残酷な罠に巻き込まれてゆく。

 黒沢清作品で名高いツインズ制作の大映作品だが、路線としては望月六郎の「新・悲しきヒットマン」等のヤクザを主人公としたメロドラマに近い。

 渡辺武の演出も久しぶりに本調子を発揮し、陰影に富んだ照明効果に助けられ、長廻しの息の長いカットに情感が溢れている。

 中盤は三浦,初瀬たちのちょっとしたロードムービーの趣で、何だか前田陽一の「神様のくれた赤ん坊」みたいでもある。導入の思いっきり血なまぐさいアクションから三浦たちの交流を描く中盤への唐突な転調がおもしろく、ラストでは渡辺武お得意の凄惨なアクションへ再び激しく転調してみせる、なかなかのくせのある映画ではある。

 しながい花屋のアルバイト店員という役柄にはまりすぎて、どう見ても伝説のヒットマンには見えない三浦友和のキャスティングが絶妙で、彼の至ってやる気のなさそうなぼやきが血なまぐさい物語に不思議な透明感をもたらしている。確かにこういう「薄い」役者の存在は映画にとって貴重だ。

 結局、三浦が思い続ける女(回想シーンも写真もなく、ただ名前しか提示されないのが巧い)の待つ川向こうへ橋を渡るまでの物語なのだが、彼のその決心を引き出するまでに初瀬は家族揃って惨殺されているわけで、自分のために他人の払った代償との釣り合いがとれていないのではないか?

 ヤクザから足を洗った男が殺戮の世界と訣別して本当に変わることができるのかというのがこの物語の興味の中心であり、変わることができるといい切ってしまうのがこの映画のかなりユニークな特徴となっている。旧来の日本映画怨念派の視点から見れば、払った犠牲のあまりの大きさ故に女の待つ平凡な生活には戻れないというのが公式回答であったはずなのだが、それをヌケヌケと裏切ってみせるラストはただの甘さなのか、ふてぶてしさなのか今もって判断がつきかねる。

 しかし、これは渡辺武久々の力作、秀作であることに変わりはなく、おそらく去年のVシネマ界ではベストの部類に入ることは間違いない。
 
 ついでに、どうでもいいけど東映ビデオの画質の悪さには閉口する。同じ大映制作のVシネマでも他のメーカーから発売されるものは画質的には相当レベルが高いのだが、Vシネマ本家本元の東映がいまだにこのレベルの品質というのはあまりに不甲斐ない。映像技術的な貧弱さは東映のトレードマーク(?)だが、いい加減に払拭してほしいものだ。

© 1998-2024 まり☆こうじ