■パンチライン、というか個人的に感銘を覚えたポイントは以下の通り。
民主主義の根本原理は「自由の相互承認」
■まあ、確かにそうですよね。そうであってほしい。でも、人間の能力にとって「自由」は重すぎる(神からの)贈り物なのかもしれないので。。。
宗教とは「聖」と「俗」の区分のこと
■社会学者のデュルケームによれば、宗教にとって「神」は必須じゃなくて、宗教とは「聖」と「俗」の区分のことだ、とのこと。実際、神のいない宗教もある。というか、そもそも仏教に神はいないからね。これは大昔に社会学を勉強しているはずなのに、はっきりと認識していなかった。
哲学は「意味の世界」を相手にする
■そして哲学が相手にするのは「事実の世界」ではなく「意味の世界」だといいます。これは個人的に相性の良いジャンルだと感じた次第。「事実」重視だと純粋な「科学(自然科学)」にむかい、「意味」の世界に興味津々なら、「哲学」に向かうはずなんですね。そこはあまり明確な認識がなかった。「科学」も入口だけかじったけど、社会科学、人文科学のほうだった。ホントはもっと「哲学」に接近すべきだったかも。もう遅いか。
■そして人間は、世界を「欲望」や「関心」に応じて認識している。「欲望」や「関心」によって、世界の見え方は変わってくる。認知心理学などでも同様の知見はあったと思うので意外性はないけど、哲学でも同じような結論に達しているわけだ。
思考の始発点は「意味の世界」に対する「欲望」
■哲学的思考の奥義の部分が特に有益で、「一般化のワナ」(個人的な経験にすぎないのに過度に一般化する)とか「帰謬法」(論破するための詭弁)を避けることの意義とか、思考の始発点は「意味の世界」に対する「欲望」であるとか。
「事実から当為は直接導けない」
■また、科学的思考法とも関わるけど、「事実から当為は直接導けない」ということ。つまり、「当為」=「~すべし」という考え方のことで、当たり前のことだけど「事実」と「当為」の間は一義に決まるものではなくて、そこを一義的に「当為」を導こうとしがちな人は、そこにはなんらかの「欲望」が作用していることを察知しなければならない。
■それらのことから、なぜ殺人はいけないのか、死刑制度をどう考えるのかといったことについても哲学的な観点からの解答が導かれるけど、そこは是非この本を読んでみて。簡潔に納得できますよ。(個人的な感触に近かったので)
