「虹の橋 黒澤明と本木荘二郎」

 奇妙な本を読みました。

 東宝黒澤明の数々の名作のプロデューサーを務めながらあるとき決別し、その後ピンク映画を量産しながら金銭的な不義理を重ねて、新宿の場末のアパートで横死しているのが発見された謎の映画人本木荘二郎の半生の軌跡を追った本ですが、何が変といって、作者の私小説風(?)の記述と黒澤映画の論評とが綯い交ぜになって、どこからが取材による事実でどこからが創作なのは判然としない、独特の、というよりも独りよがりのスタイルが、この本の胡散臭さの元凶です。

 それでも東宝関係者のインタビュー部分は、作者による意図的な改変の気配も見えますが、東宝という映画会社や黒澤明に対する忌憚のない本音をうかがい知ることができ、それだけでも十分貴重です。

 円谷プロウルトラシリーズで有名な野長瀬三摩地の率直且つ辛辣な意見にも驚きますが、田中友幸黒澤明との関係を赤裸々に語っているあたりは、表現には作者の手が加わっているように思えるものの、確実なリアリティがあります。本木荘二郎という敏腕プロデューサーが抜けた後、黒澤明東宝のお荷物になっていった雰囲気がよく伝わってきます。結局、昭和45年前後に本木を東宝の傍系の宝塚映画の社長に据えようとする森岩雄の計画を本人が固辞した理由は何だったのかは明かされないままですが。

 黒澤映画という日本映画界で最も恵まれた条件を与えられた制作環境と、ピンク映画という日本映画の最底辺をともに知り尽くした男、本木荘二郎という日本映画史のミッシングリンクの実像は、これを起点として解明が進められなければならないのだろうと思います。しかし、当の黒澤を含めてほとんどの当事者が鬼籍に入った今日、既に手遅れの感が強いのも事実です。

 「赤ひげ」以降の黒澤の直面した困難と、ピンク映画に糊口を凌いだ本木の対照は、一時期の日本映画の危機的状況を象徴する事件なので、是非とも誰かに精確なドキュメントを書き残して欲しいものです。

参考

その後、驚いたことに改題して再販されました。基本的に内容はそのままなので、依然、問題作、怪作です。

さらにその後、ついにこんなドキュメンタルな本が出てます。

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