「クロサワ−炎の映画監督・黒沢明伝」

 「トラ・トラ・トラ!」事件の謎を中心に据えて、黒澤明の創作の秘密と、ダリル・ザナックの映画に賭ける夢を交錯させて描いた、なかなか読み応えある漫画だ。漫画ながら取材も本格的に行われたようだ。
 ただ、「黒澤明VS.ハリウッド」で、エルモ・ウィリアムスが述べたとおり、ザナックは黒澤のことはもともと知らなかった可能性が高いと思うぞ。当時、黒澤といえども、アメリカではアート系の劇場で小規模に公開されていただけだから、ハリウッドのトップに君臨する大帝は知らないのが自然だろう。
 黒澤の描いた絵コンテも載っているが、空母やゼロ戦がらみのどう考えても日本の制作体制では撮れない画が散見され、いったいどうやって黒澤にそんな画を撮らせるつもりだったのか、また黒澤は撮れると踏んだのか、やっぱり黒澤プロの体制は尋常ではない。
 黒澤組スタッフを敢えて外して、東映京都撮影所とフリーのスタッフを使って撮ろうとしたのは、必要な都度外部スタッフを招集すれば東宝に頼らなくても黒澤プロだけで映画制作が可能であることを、黒澤プロ社長として証明したかったのではないか。それほど、東宝に対する不信感が強かったということかもしれない。60年代の黒澤と東宝の確執はひとつの研究テーマになるのではないだろうか。

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