蝉しぐれ ★★★☆

蝉しぐれ
2005 ヴィスタサイズ
京都宝塚劇場

原作■藤沢周平 脚本■黒土三男
撮影■釘宮慎治 照明■吉角荘介
美術監督■櫻木晶 音楽■岩代太郎
視覚効果■尾上克郎 デジタル合成■足立 亨
監督■黒土三男


 東北小藩の下級武士(緒形拳)の息子(石田卓也)は隣家に住む幼馴染おふく(佐津川愛美)の事を気にかけているが、ある日父はお家騒動に連座して詰め腹を切らされる。
 成人した文四郎(市川染五郎)はふく(木村佳乃)が江戸で城主の側女となったことを知るが、城主の子を生んだことから再びお家騒動が再燃し、陰謀に巻き込まれることに・・・
 藤沢周平の名作の映画化で、黒土三男の念願の企画。結果的には脚本よし、演出も悪くなく、予想外の佳作となった。
 山田洋次の2作と比較するとよくわかるが、黒沢組仕込みの美術装置のリアルで豊かな質感と入念な東北ロケを淡い色彩で描き出すキャメラが秀逸で、あくまでも明るい時代劇になっている。ただし、蝋燭を持って移動するショットで蝋燭の明かりの届く範囲だけが照らし出されるという京都時代劇では丁寧に描写されるはずの場面がフラットに単純照明されていたり、木村佳乃だけにテレビ的な照明が当たっていたりといった不徹底は欠点といえるだろう。
 ちなみに当初の撮影は戸澤潤一だったらしいが、最終的に釘宮慎治がクレジットされているのは、何か現場で揉めたのだろうか。戸澤潤一は撮影補(撮影協力だったかも?)でクレジットされている。ルックのバラつきはここに原因があるのかもしれない。
 VFX担当はなんと特撮研究所で、いかにも尾上克郎らしい地味なサポートぶりだ。花火のシーンは明らかに合成だが、豪雨による堤防の決壊の場面の荒れ狂う川面の場面はライブフィルムを加工したものだろうか。欲を言えば、堤防を切って濁流を開放する場面にスペクタクルな合成カットがあってもよかったのではないだろうか。せっかく東宝の時代劇なのだから。
 父親の死までの前半が予想以上に長いのだが、実際映画の肝はそこにあることが終盤で明らかになり、ああなるほどと納得して、安心して感動することのできる丁寧な作りに感心させられる。岩代太郎の劇伴も的確で、見せ場ごとに照れずに心地よく盛り上がる情感豊かな楽曲が、木下恵介の映画を想起させる。実際、この映画の美質は東宝映画というよりも、木下恵介の映画を継承していることではないかと思わせる。
 黒土三男の演出も案外佳く、しっかりと見せ場を押しながら、嫌味にならないバランス感覚は評価されるべきだろう。ただ、剣術の場面の見せ方は明らかに下手で、どこまでがリアルな場面でどこからが幻惑された場面なのか観ている方が心配になってしまうのは困ったことだ。アクション場面は三隅研次を研究すべきだろう。
 この映画の美点は配役の楽しみが豊かなことで、主役の親友をふかわりょう今田耕司の二人に演じさせるのも大胆な配役。今田は役柄をちゃんとこなしている巧さはあるものの、場違いな雰囲気を払拭できないが、ふかわりょうは持ち前の存在感の薄さが逆に世界観に馴染んでキャスティングの勝利といえる。また、謎の剣豪を不気味に演じる緒形幹太のサイコな存在感が圧巻で、立派に性格俳優として生かされているのも驚き。そして、スタッフが精一杯サポートしたと思われる木村佳乃が予想を裏切る好演で、体育会仕込みの凛とした気品を打ち出せたのは大成功といえるだろう。
 しかし、幼い恋心を演じる石田卓也佐津川愛美蝉しぐれの坂道の場面が全てをキャストの好演をすっかりさらってしまう。藤沢周平の原作のエッセンスは確実に映画に写し取られている。山田洋次よりも木下恵介の精神を色濃く継承してしまった不思議な映画である。

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