感想
■昭和12年、越後から出稼ぎで伏見の酒蔵で杜氏として働く男(三国連太郎)は欲望の赴くままに故郷の村で杜氏仲間(小沢昭一)の若妻(佐久間良子)を犯す。若妻は妊娠に気づくと子を流そうと苦心するが、そのうち夫が伏見から村に帰ってくる。。。
■というお話を久米明のナレーションを多用することで、日本昔話のように見せて、社会主義リアリズムを基調とする昭和残酷物語(あるいは「裏日本*1」残酷物語)な映画を微妙に中和している。さすが今井正という見事な演出で、抒情性と現実の厳しさを両立させている。越後の寒村で貧しく生い立って、つかの間の幸せも通り魔のような粗暴な男のために踏みにじられる半生をナレーションと回想を積極的に使って効率的に描き出す。単なる説明に流れず、戦争と貧困で彩られる昭和初期という時代の「裏日本」に生きた哀れな女の、その哀れさ加減、やるせなさをむしろ淡々と描き、エピソードを積み重ねる。そして、最期には実にあっけなく命を奪われ、モノと化す。そのクライマックスの無残さは淡々とした演出ゆえに戦慄するし、佐久間良子のモノとしての描写にも瞠目する。
■今井正の名作はかなりの部分が実は活劇として成り立っていて、「社会主義リアリズム活劇」とでも呼ぶのが相応しい気がするのだが、本作もその路線である。第一幕の主人公が三国連太郎、第二幕が佐久間良子、第三幕の主人公は小沢昭一で、最終的には小沢昭一の復讐活劇として回収されるからだ。ただ、『夜の鼓』のように刃傷沙汰があったり、『ひめゆりの塔』のように拳銃が登場するわけではないので活劇性の昇華加減は弱く、実際のところは演出的に押しが足りない気はする。「転落」という映画的なモチーフが十分に表現されてはいないからだ。正直、勿体ない。ここでもう少し粘っていれば、傑作になっていただろう。
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■三国連太郎はお馴染みの粗暴で性欲の塊という人格をいつものようにあくの強い野人演技で押し出すが、彼に翻弄される平凡で実直な男を演じる小沢昭一が抑制のきいたナチュラルな演技で実に素晴らしい。この映画の実質の主役はこの実直で働き者の、わたしやあなたに似た「普通」の男なのだ。
■ちなみに、成田亨の関わった特撮場面が3,4カットほどあるが、確かに舟屋のミニチュアも台風の大波の表情も実にリアルなものだ。