うちの嫁は観音様!そして日蓮主義で世界を統一するぜ!『再発見 日本の哲学 石原莞爾―愛と最終戦争』

■石原莞爾の「世界最終戦争」思想を、愛妻の悌に対する想いを縁に、その成り立ちと変化をたどる結構な思想書。そこには田中智学経由で日蓮主義が関与しており、というか、これが根本思想になる。
maricozy.hatenablog.jp

■とにかく大変な愛妻家(?)で、妻との究極的な合一を願う。ともに日蓮を崇拝することで、一体となって現世の此岸に超越する。あるいは、現世に寂光土を招来する。その謎のパッションがどこからくるのかは、十分に分からない。石原莞爾に対する心理学的、精神分析的な考察が必要かもしれない。そこは物足りないと思う。

■でも、彼は帝国軍人としてしかるべきときに命を賭すに値する、何者かを求めた。でもそれは、天皇では不足だった(!)。もっと超越的な、宇宙的真理が求められた。そこが当時としては相当に過激思想で、ユニークだし、魅惑的なところ。現人神では足りないのだ。もっと凄いの持ってこい!デモクラシーや社会主義を超える真理を、我に!

■なので、関東大震災などを(間接的に)経験して、愈々日蓮の予言した最終戦争は近いと確信する。「王道」と「覇道」が争って、「王道」日本の力による世界の統一がなされる。そのときに世界中の人々は法華経に帰依することになる。そして、天皇は釈迦の生まれ変わりとして、全地球人民の尊崇するところとなる。そんな未来世界を描いた。高山樗牛は日蓮の国家観を以下のように考え、石原はその影響を受けたという。

「日蓮は真理の為めに国家を認む、国家の為めに真理を認めたるに非ず。(中略)是を以て彼は真理の為には、国家の滅亡を是認せり。」28頁
「高山樗牛と日蓮上人」

■これは枝葉の部分だけど、興味深い一節がある。

「そもそもわが国の戦闘者は、主君のために死ぬ理解できても、国家という抽象的なもののために死ぬということは、理解できない。」79頁
「武士道の逆襲」

というところも読みどころで、ゆえに人格として天皇(=新しい主君)を表に出す必要があったという。「神」だけど、「国家」よりは命を賭する対象としては腑に落ちるということらしい。「国家」概念は明治以降に移入された、あくまで外来の借り物の概念だから。

■世界統一、永遠の世界平和のために、最終戦争が起こり、最も真剣に戦った者によって究極の指導原理が確定される。それは仏に比して不完全な人間ゆえにやむおえない大犠牲だという(169頁)。でも、この考え方は、核兵器の登場で当然に変質してしまったはずだ。最終戦争は人類の滅亡を意味するからだ。敗戦後の石原莞爾は平和主義者となった。その変化のありかたこそ知りたいと思うけれど。

© 1998-2024 まり☆こうじ