■基本的に人間の考えられることには限度があり、認知機能には生来的なバイアスもある。神じゃないから絶対正しい真理は容易に導き出せないので、その立場からいえば保守主義を信じています。これまでうまくいったのなら、そのままでいいや。でも、世界も時代も変化するので、徐々に変化を反映すべき。でも革命じゃなくて、あくまで漸進主義で頼む。急変は人死や流血を招くし、その時犠牲になるのは、立場の弱いものに決まっているから。そこまでは、まさに自分自身、世界観としては保守的な考え方だと思います。
■ところが、問題は、「万世一系の天皇」「教育勅語」「靖国神社」といったトピックに対するスタンスの違いで、要はこれを無条件で信じるかどうかで、本当の保守なのか、そうじゃないのかが峻別されるみたいな踏み絵がある。そこがなぜなのかはよく分からない。なんで、そんなところを重視して、執着するのか、その心理が理解できない。ポジショントーク的なものか?それは保守ではなく、右翼ではないのか。
■要は、たぶん「天皇」とか「天皇制」が特に好きかどうかという問題であって、それは完全に趣味の世界だと思う。信じたければ信じればいいし、人に強要するものではない。いわば「推し」の一種だろう。天皇推し。小室直樹は「天皇教」と呼んだけど、今なら、「推し」じゃないか。明治期には、「国家神道」は宗教ではなくて、むしろ宗教の上に位置するので、信じないという選択肢はないとされたけど。
■明治政府が、「国家神道」は宗教ではないと言い張ったのは、結局、キリスト教みたいな一神教を急ごしらえして、国民国家の統合の中心軸をでっち上げたかったわけで、それを小室直樹は「国家神道」ではなくむしろ「天皇教」と呼んだ。日本とか国家とか国体に対する考え方は多様であり、国民国家として統合するために特定の考え方を強引に押し付けること自体が、それこそ日本的な振る舞いではなくて、全体主義者だよ、と思うけどなあ。勝手に「臣民」とか「赤子」扱いされても困る。そりゃ、天皇と直接付き合いのあるトップエリート層はそれで嬉しいんだろうけど。
■以上の内容はだいぶん本書から脱線した話でした。実際のはなし、非常に頭の整理になる本で、実質的にかなり有益。欧米の保守思想のそもそもから簡潔に解き明かす。
■なのに、最近の話題になってくると、例えば「消えた年金」問題は労組が悪いとか、大手マスコミは労組出身経営者のせいで偏向しているとか、組合嫌悪(?)の感情が表面化して単純化が過ぎる(残念ながら、世の中そんなに単純にはできてません)ポジショントークが披瀝されるので、値打ちを下げている気がするなあ。でも、それが保守?右翼?というものの本質なのかもしれない。現実主義といいながら、根っこはやっぱり信仰なんだろう。「反共」と「天皇教」だから。
参考
同じ駿台予備校の講師でも、左右の幅が広うございます。こっちは、ガチ左翼側の見解。両方あるから、良いんですよ。
maricozy.hatenablog.jp
同じ著者の本ですが、これは読んでみたい。というか、読みます。ありそうでなかった切り口。
これぞ右派系論壇。でも、嫌いじゃない。思索の参考、材料になる部分も多い。
maricozy.hatenablog.jp
maricozy.hatenablog.jp
怪人、小室直樹の本。未読だけど、これは読みたい。



