世界改造の発想が豪快!鎌田東二著『予言と言霊 出口王仁三郎と田中智学: 大正十年の言語革命と世直し運動』

生真面目な日蓮主義者、田中智学の場合

■田中智学は国柱会の中心人物で、日蓮主義者として大真面目に国家改造を夢想した人で、しかも芸術活動に熱心で、戯曲の大作も書くし、上演するしで、膨大な創造物を残した。石原莞爾宮沢賢治がその思想的影響下にあるのは有名な話で、彼らは生真面目かつ大真面目に日蓮主義を実行しようとした。そして、した。満州事変もその成果物のひとつなのだ。

■通常の仏教は、現世利益を言わないのに、日蓮はこの世を楽土にするのでくて、どこに極楽がある?と問うたらしい。いち早く「国体」を問題にしたし、「大日本」を提唱したので、いわば右翼の元祖だった?元々が社会主義共産主義もまだなかった時代の思想だから、その立場からの社会改造に注力するし、やがて戦後には創価学会を傍系に生むのも理解できる(まあ、破門されるけど)。というか、非常に腑に落ちた。社会主義(しゃかいしゅぎ)ではなく、いわば釈迦主義(しゃかしゅぎ)か?(多分、違う)死んでから仏になることで満足したら、それじゃこの世は永遠に救われないじゃないか。これはたしかに、一理あるのだなあ。
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佐渡に流刑された日蓮を描いた『佐渡』という戯曲が有名らしいけど、『科学戦争』というSF(!)戯曲も書いていて、これが凄くて、「光線を以て一時生命を仮死状態に陥らしめ」兵士を戦闘不能状態にするという超兵器を登場させる一種の思考実験になっている。実際、今後暫くの間、日本で軍拡が避けられないのであれば、こうした方向での超兵器開発を世界に先駆けて行うべきなのだと思う。というか、個人的にずっと思っていたことを、遥か昔に世に問うていたのだ。あらゆる戦争や兵器を無力化、無意味化する超発明。その方向性は、間違っていないと思う。

破天荒なおもしろ夢想家、出口王仁三郎

■一方の、出口王仁三郎は大本(皇道大本)の教祖で、戦前に二度の宗教弾圧を受けた「化物」で、すべての宗教は煎じ詰めればみな同じという、雑すぎる「万教帰一」を提唱して、ダジャレ(言い換えの言霊)を重んじた、明らかに変な人。1931年は「いくさのはじめ」、しかも皇紀2591年だったので、「じごくのはじめ」と読み解いたので、ほとんどやっていることは「笑点」に近いと思う。しかも、明らかウケ狙いの卑俗な短歌や詩作が多数ある。ほとんどダジャレ作家なのだ。でも、当時はそれでかなりの信者を抱えていたのだ。国家が脅威に感じるほど。

■こちらも、創作物がその他に膨大に存在して、多分その全著作を読んだ人はいないだろう。一番やばいのは、万世一系の神の系統の前に、古代に封印された隠れたる「艮の金神」があって、これが本当の原初の神だと世に問うたところで、戦前の「国体」思想と齟齬をきたすので、不敬罪治安維持法違反で大弾圧を受けるのも当然といえば、当然なのだ。「世の立替え立て直し」も、大正デモクラシーの時代らしい、素朴な過激さだなあ。

「巻けば一神、開けば多神」というのも豪快で、実際に、世界中の宗教に呼びかけて世界宗教会議を主催するし、エスペラント語の普及に尽力した。そのスケール感というか豪快な雑さは確かに、ちょっと想像を絶するものがある。しかも「芸術は宗教の母」と唱えて、あらゆる芸術活動に取り組むし、その中には玉川研究所での『皇軍と少女』『聖師伝』といった映画製作も含まれる。さすがにできが悪くて、未公開だったりしたけど。

■後に高橋和巳が『邪宗門』で大本をモチーフとした深刻で陰鬱な小説を書いた(読んでないけど!)けど、実際の出口王仁三郎はもっと大らかで、茫洋としていたらしい。むしろ、親友だった小松左京が書けばよかったのにと思う。なにしろ長大なので容易に取り組めないけど、読んでみたいなあ。構想自体は、非常に面白そうなのだ。

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