【映画脚本レビュー】井手俊郎作『生きている小平次』

■むかし、むかしのその昔。一流作家の代表作を映画化する“ダイヤモンド・シリーズ”と銘打った東宝の二本立ての併映用の番線があって、尺が1時間に満たないので低予算製作だけど、文芸的な品質重視の映画を作ろうとするものだった。長くは続かなかったけど、邦画界も景気が良かった時代なので、結構な名作を残している。千葉泰樹の『鬼火』が特に有名(?)だけど、青柳信雄の『生きている小平次』もその筋では結構有名(なはず)。でも、いまだに未見なのだ。

東宝ダイヤモンドシリーズは全部で9作あるようで、いまだに全貌がよくわからないけど、56年7月『鬼火』、56年9月『好人物の夫婦』、57年5月『憎いもの』、57年4月『象』、57年7月『琴の爪』、57年8月『新しい背広』、57年8月『生きている小平次』、57年8月『東北の神武たち』といったところだろうか。あと一本が不明のままだ。

■『鬼火』のシナリオも読んでいるけど、今回は井手俊郎の脚本『生きている小平次』を読みました。かなり原作戯曲に忠実で、あまり大きな再構成は行っていない。むしろテレビの日本名作怪談劇場『怪談夜泣き沼』のほうが、大胆な脚色で、かなりの秀作だった。そうそう、中川信夫がATGで撮った『怪異談 生きてゐる小平次』も良かった記憶があるけど、随分昔なので、記事も残ってない。

■おなじみのあさか沼の場面に、小平次と太久郎の一座の座員たちのやりとりが挟まれていて、まあ、原作通りになくても成立するわけだけど、彼らの棲む世界観が描かれるのは、無駄にはならないし、シーンに動きと変化をつけている。その効果は、かなり大きいと思う。完成版を観てないけど。

■映画じたい未見で、なんとか観たいのだけど、終幕の闇夜の場面をどう撮っているのか非常に気になる。そのまま黒バックでは撮らないだろうから、セットがあるのだろうが、シンプルな象徴主義的なものではないかと想像する。

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