なんで京都で撮らなかったの?人間国宝父子競演で「子育ての失敗」を描く『女殺し油地獄』

基本情報

女殺し油地獄 ★★★☆
1957 スタンダードサイズ 99分 @アマプラ
製作:堀江史朗、戸板康二 原作:近松門左衛門 脚本:橋本忍 撮影:中井朝一 照明:猪原一郎 美術:河東安英 音楽:宅孝二 特殊技術:東宝技術部 監督:堀川弘通

感想

■当時の橋本忍は時代劇の刷新運動を担っていたと思うのだけど、比較的原作に忠実に作った本作、むかしぶんぱくで観たはずだけど、ほとんど憶えてなかった。宇野信夫の『怪談蚊喰鳥』だって、原作を現代的に裏返してみせたのに、本作はホントにそのまま。ただ、長男の太兵衛を割愛したのと、殺しのあとの与兵衛の覚悟は映画のオリジナルで、ここに橋本忍の狙いが出ている。そうそう、与兵衛の借金を両親が払って帳消しにしているのに、無駄な殺人が起こる展開は、なかなか良い工夫だぞ。

■この当時中村扇雀(四代目坂田藤十郎)は東宝歌舞伎に所属していて、東宝としては映画でも売り出したかったので、中編の『琴の爪』を作ったらわりと好評で、その路線で企画されたのが本作。ということらしい。邦画全盛期でさすがに豪華で、実父の中村鴈治郎大映から借りてきて親子共演となっている。東京砧の制作だけど、まだ若くてガリガリ桂米朝芦屋雁之助芦屋小雁なども脇役で登場する。若宮忠三郎(のちの大祐)が巧演するのも見どころ。妙に上手いので誰かと思った。当時リアルな生活感を感じさせるおばさん役ではぴかいちだった三好栄子が母親役で大役。鴈治郎を食う存在感だから凄いね。

中村扇雀の与兵衛もなかなか良くできていて、演技的には見事なもの。新珠三千代のお吉は、ちょっと年嵩すぎないか?いい演技だし、とにかく綺麗でウットリするけど。正直、堀川監督は時代劇には向いていないと感じるので、劇的効果が万全とはいえないけど、正攻法で作られた良作ではある。

■もともとの原作が、あるいみ不条理な殺人を描いていて、その犯意をどう描くかが難しいところだけど、そこは橋本忍もあまり新解釈を加えていないし、逆に原作の見せ場の趣向を捨てたところもある。特に、殺し場の段取りはちょっと解せないところがある。そもそも、観ていて気になるのは、犯行の原因になるお金の問題で、金額の多寡の感覚が、説明しないと腑に落ちないので、与兵衛の心理の理解に齟齬をきたすのだ。

■与兵衛は口入れ屋(田武謙三!)に銀200匁の借金があり、本日中に返さないと明日には銀一貫目に切り上がる約束になっている。この金銭単位がふつうにはわからないのだけど、まず当時の大阪では、江戸の金貨使いと違い、銀貨が使われていた。銀一貫目は時代によるけど、たぶん銀1000匁くらいだったらしい。銀200匁の借金が銀1000匁の借金に切り上がるという、今の感覚だとあくどい(?)高利貸しだったわけ。一方で、与兵衛を心配する両親が互いに抜け駆けするようにもたらした(親心で泣かせる見せ場)のが合計で銭800文。200の借金に対して、800あれば十分では?と誤解が生じるけど、単位が違う。銀1匁が銭67文程度というレートだったらしいので、銀200匁は、銭13,000文くらいの計算になるので、全く足りないのだ。なので与兵衛も足りないのだと言う。そして、お吉が旦那から預かる掛取りの銀570匁から借りたいと粘る。

■ただ、殺しの理不尽さの解釈については深入りせず、原作の不義になれば貸してくれるか?と迫る性的なニュアンスも消し去っている。東宝だから仕方ないけど、このあたりはちょっと物足りないし、堀川監督の演出も熟れていないと思う。こんな場面は、京都の時代劇スタッフの腕の見せ場なのになあ。と思う。与兵衛が成り行きの犯行後に改心して、親不孝の極道者の成れの果てがどないなもんか、大阪中にみせてやるんや!と最後まで傾いてみせて、悪態をつかせた作劇には感心したけどね。このあたりはさすがの橋本忍。原作では、捕まるまでちっとも改心しない。

■技術的には素人目にもいろいろ問題があり、オープンセットの背景の崖が関東ローム層丸出し(なんでわざわざ?)だったりするのも困りものだけど、一番の難点は照明の設計。どうも演出的にも舞台的な撮り方を意識したようで、まるで舞台中継に見える場面も散見される。しかもデイシーンの室内なんて、バリバリに照明を当てて、明るく楽しい東宝映画はいいけど、明るすぎだし、影がくっきりと二つ出ている。カラー映画の出始めの頃なので、たくさんのライトが必要で、厳密さよりも明るさと発色を優先したのかもしれないが、これはいかにも不自然だし、質感を欠く。クライマックスの殺し場は逆に暗すぎて、見晴らしが悪い(撮影の精度については、同時期の『空の大怪獣ラドン』のほうがリアリズム志向で上出来)。このあたりは、当時観た京都の映画人は盛大に駄目だししただろう。実際、京都で撮ったほうがよかったと思うし、なんで東映大映でやらなかったのか不思議なほど。(後年、五社英雄が撮ったけど)

■ただ、両親がそれぞれの事情で甘やかして育てたのが悪かったという結論には、いまどきだと違和感もあるところだろう。でも、橋本忍のテーマ設定はまさにそこにあって、端的に「子育ての失敗」を描いている。実母も継父も、結局長男を甘やかしてしまうから、自堕落な道楽息子に育ってしまったというドラマになっている。その河内屋の家庭の失敗を、反面教師としてせめて今後の教訓としてくれと、最後まで悪党を演じようとする与兵衛の悲愴な覚悟を、明らかに溝口健二の『近松物語』の構成をなぞって訴えている。


© 1998-2024 まり☆こうじ