感想(旧HPより転載)
昭和十五年、和平交渉のため上海に向かった陸軍の高官が暗殺され、椎名(市川雷蔵)に暗殺犯と和平交渉を妨害する組織の解明が命じられる。親日の知識人(松村達雄)やアナウンサー(滝田裕介)たちが疑われるが、和平交渉の第二陣までが敵地に不時着し捕虜となる事態が出来し、椎名たちに救出の命が下る。和平交渉の使節団の救出なるか?そしてモーゼル銃を操る謎の暗殺犯人の正体とは?
という具合にかなり立て込んだ物語で、前作までの日本から舞台を上海に移して大戦前夜の諜報戦をサスペンスに仕立てたシリーズ第三作。
聖戦完遂を主張するタカ派の軍人に増村保造の諸作品やこのシリーズの第一作での活躍も印象的な仲村隆が扮し、慎重派の稲葉義男と丁々発止の顔力戦を見せるあたりも楽しいし、松尾嘉代が怪しげな中国女に扮して「成佛」のカードを残して暗殺を実行する趣向もなかなかいい感じだ。最後には雷蔵にそのカードを返されてしまうシーンもうまく定石が決まって、このシーンはまるで「ある殺し屋」のようでもある。
安田道代のエピソードはかなり無理があると思うが、第1作から雷蔵の同期生として共に諜報戦を戦い抜いてきた杉浦が椎名たちを庇って自爆するというこのシリーズにとっては画期的な展開もあり、趣向は盛りだくさんだ。
ラストは椎名たちの活躍のお陰で和平交渉が実現したにも関わらず、戦局は益々逼迫の度を強め、泥沼の様相を呈していることを強調しながら杉浦の墓前に立ち尽くす雷蔵と加藤大介の姿で締めくくられる。戦争回避のための諜報戦を戦い抜くことを約した陸軍中野学校の戦果の虚しさが、市川雷蔵の端正な出で立ちと、地平線と墓標とそして二人の男を虚空の中に際だたせる仰角で狙った牧浦地志のアングルによって深く刻み込まれる。