■そもそも明治初期に整備された皇室行事や、その伝統なるものは、それまで日本に存在しなかったものなので、中国の故事や儒教の教えを参考に作られたことは有名な事実ですが、ここでも再確認されます。それほどまでに日本人は中国に憧れて、参考にした。というか、真似した。なので、中国との関係を眺めないと、日本の歴史も文化も理解できない。明治以降に皇国史観が捏造されて肥大化したため、歴史の実像を見失ってしまったわけですね。
■わりと最近まで、正式な権威ある言葉遣いはなぜか堅苦しい漢語(漢意:からごころ)で書かれて、大和言葉は押しやられるし、でも大和魂(やまとだましい)を顕賞するときの勇ましい言葉遣いは何故か漢語になってしまうという激しい倒錯ぶりを日本人は生きてきた。そもそもそのあたりの倒錯ぶりに興味を持って、読んでみたのだけど。
いまだに続く儒教の弊害?
■儒教では「農業が大事で、商業はあまりよくないもの」(154頁)という価値観があることも紹介されます。ほんとに儒教の影響は中国、朝鮮、日本において絶大で、一部で諸悪の根源とも言われますが、確かになかなか厄介なものらしい。無意識に刷り込まれて影響を受けているから。
■そもそも、孔子の『論語』などで書かれていることは思想でも哲学でもない、単なる「処世訓」に過ぎないというのは、他の本で読んだことですが、そんな孔子を後世の人(儒家)が悪用(?)して、儒教の権威付けにさんざん利用したらしい。伊藤博文も、朝鮮が近代化しないのは儒教や儒家の問題が大きいと述懐していたし、いまだに尾を引く儒教問題。
日本人は江戸時代に勤勉になった
■これは本筋とは異なるけど、日本ではかつて豊富にあった金銀の地下資源を掘り尽くしたから、やむをえず農業や手工業に移行したことを「勤勉革命」と呼ぶ説が紹介されます。日本人の勤勉は、古代からのものではなくて、江戸時代が起源だそうです。
■これかなり有名な説らしいけど、はじめて知りました。ちょっと目からウロコです。まあ、確かに、天然資源がずっと豊富に産出されていれば、大東亜戦争にも勝って(?)、みんなこんなに働かない日本の戦後史があったのかも、と妄想するのは楽しいけど、どうなのかなあ?
戦国時代の主役は戦国大名ではない
■これも寄り道のはなしだけど、「国人とか町衆とか、応仁の乱以前には正面に出てこなかった社会階層が主役になるのが戦国時代の真の姿であり、大名同士が天下統一をめざして闘ったというお話は、江戸時代につくられた歴史認識」(152頁)で、「お伽噺」に過ぎないそうです。
■このあたりは、一向一揆とか石山本願寺などを調べだすと、そう感じるところですね。あたりまえだけど、戦国大名だけで時代を動かしたわけではないし、彼らが戦乱の世を終わらせるために早く日本を統一しようと思って闘っていたわけではないわけ。
本来「支那」は差別語ではない
■「支那」という言葉はいまフラットな意味合いでは使われない蔑称、差別語になってますが、そもそも語源はサンスクリット語、仏教にあり、いっぽう「中国」「中華」は儒教由来の言葉なので、そもそも「支那」に差別の意味あいはないそう。まあ、チャイナですからね。そりゃそうだ。日本の場合は、儒教より仏教のほうが主流なので、本来は「支那」を使えばいいわけで、実際、江戸時代には「支那」が使われていた。
■ところが戦前・戦中の日本で差別的な意味合いで流通したため、差別語となってしまった。そしていまや差別主義者しか使わない言葉になってしまった。本来の言葉に、そんな含意はなかったのに。
■ちなみに、「「台湾は古来、中国の不可分の領土」というのは史実ではなく、政治的な主張」(189頁)で、日本生まれの鄭成功(国性爺合戦!)が台湾に渡って以降の話で、それまでは直接統治はしていなかったとのことです。年表見れば、確かにそうでした。
■今の米国は、米国か中国かの二択だ、両天秤はありえない、と日本に迫るけど、米国との付き合いより、中国との付き合いのほうがずっと長い「わが国」なので、そう簡単な話ではないのだ。

