運命のボタン ★★★☆

THE BOX
2010 ヴィスタサイズ 116分
イオンシネマ久御山(SC3)

リチャード・マシスンの原作短編小説が「運命のボタン」のタイトルで文庫化されたので、楽しみに観にいったのだが、そもそも原作は短編というよりもショート・ショートに近いものなので、映画の冒頭30分くらいで完全に消費され、それ以降は監督兼脚本のリチャード・ケリーのオリジナルになる。中盤”トンデモ映画”的な展開を見せて心配させるが、ちゃんと納得できる着地点へ辿りつくので、感心した。

■ボタンを押せば、どこかで誰か知らない人が死に、100万ドルがもらえるという究極の選択を迫られた夫婦が辿る心の煉獄を、経済的要請で世界のどこか遠いところで戦争を始めては誰か知らない人の屍の山を築く某大国の自虐的反省とダブらせながら描いた風刺映画である。その発想法はリチャード・マシスンの美点を受け継ぎ、よく自らの血肉としている。サルトルの戯曲「出口なし」を引いてくるあたりもよく考えたね。

■監督のリチャード・ケリーの演出と不安を掻き立てる音楽が特に秀逸で、チェロの低音部分を生かした不気味な楽曲を聴くだけで値打ちがある。特にイオンシネマ久御山は音響的に低音の表現には独特の味があり、耳にうるさいだけのTOHOシネマズ二条でなく、久御山で観た甲斐があった。イオンシネマ久御山は映画用というよりも音楽用の音響設計ではないかとすら感じる。

リチャード・ケリーの不気味な気配の演出は近年なかなか出会えない上品で趣味のいいもので、恐怖感と不思議なユーモアが同居する。主人公たちを取り巻く脇役陣の配役も絶妙で、中途半端にだらしなく太った(ある意味リアルな)親類縁者とか、特にキャメロン・ディアスの障害を嘲う悪魔的な美青年とか、画面のいたるところに配置された周辺人物の立ち居振る舞いの胡散臭さがこの映画の魅力の源泉となっている。悪魔的な青年が主人公の夫(ジェームズ・マースデン)にサインを送るところなども、非常に象徴的で、Vサインの次に世界貿易センタービルのツインタワーをさりげなく写し出す(この映画は1976年のお話なのだ)ところなども、鮮烈な演出だ。

参考

リチャード・マシスンといえば、これも秀作。
maricozy.hatenablog.jp

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