戦後80年に、本木克英は何を企んだのか?でも、佐伯日菜子で100点!『火喰鳥を、喰う』(ネタバレあり)

基本情報

火喰鳥を、喰う ★★★
2025 ヴィスタサイズ 108分 @イオンシネマ京都桂川(SC6)
原作:原浩 脚本:林民夫 撮影:藤澤順一 照明:長田達也 美術:小島伸介 音楽:富貴晴美 VFXスーパーバイザー:立石勝 監督:本木克英

感想

■原作小説を読んで、正直あまり感心はしなかったけど、これをどう脚色して、演じたのか?密林の極限状態はどの程度描かれるのか?そこが気になって封切り初日に出かけた、物好きです。

■まず、脚本は原作にかなり忠実です。正直なところ、終盤はもっと映画的に改変したほうがいいと思うけど、かなりそのまま。小説を読んでなんだか腑に落ちなかったところも、かなりそのまま残された。大胆にリファインすればよかったのに。

■そもそも、時空を歪めるほどの呪い(「籠り」という独特の用語を使うけど)なるものが存在して、しかも従軍日記に化体しているというあたりの設定のあり方自体に、もともと説得力がない(無理がある)ので、周囲の道具立てとか、ドラマの方で補っておかないと、なんでそんなことが可能なの?とか、なんでたった一人の兵隊の念が、時空を書き換えるほどの特別な力を持っているの?とかこの世界の成り立ちの原理が腑に落ちないとか、いろいろ疑問が噴出することになる。まあ、普通そう感じる。

■でも、脚本が林民夫なのでそんなに無惨なことにはならんだろうと見込んだところは当たっていて、若夫婦と謎のサイキックの三角関係が綺麗に成立しているので、悪い気はしないようになっている。なにしろ、メロドラマの松竹映画だから。いや、松竹なのは監督だけか。

■映画化に際して、映画ならではの妙味が発揮されたのが配役で、主演の水上恒司がかなりの好演で、こんなに上手かった?と感心した。成長したなあ。相方の山下美月もよく撮られていて、そこは大ベテランの藤澤順一キャメラマンが絶対に外さない。そうそう、なぜか藤澤順一が撮っているのね。戦争が絡む時代劇でもあるので、ベテランを呼んだのだろう。

■対する胡散臭いサイキックを宮舘涼太が演じて、いつものねちっこい怪演を見せる。なかなかの逸材なのはフジ&東映の『大奥』で知っていたけど、さすがに胡散臭くて良いね。でも『大奥』に比べると役不足に感じる。考えてみれば、この映画、中川信夫の『地獄』を連想させ、ちょうど沼田曜一の役どころじゃないか。
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■脇役に趣味性が顕著なのがユニークで、老人たちやその世話をする嫁たちの配役に妙味がある。最初は奥田瑛二かと錯誤した吉澤健は若松プロのピンク映画時代からのその筋では有名な名優らしいし、同根のリアル過激派の足立正生が出てるし、なんだか作者の趣味性が露骨だ。火喰鳥を喰って生還した男を、日本赤軍に身を投じながらも日本に生還した男が演じるという、技アリの配役だ。でも、そんなこと、よっぽどの邦画好きじゃないとわかんないよ!そうそう、驚いたのはクライマックスで佐伯日菜子が出てくることで、そこだけで100点あげますよ。しかも、おなじみの驚愕演技(昔のままだ~❤)まで披露するから、もう誰にサービスしてんだか!得した気分ですよ!

■テーマをどこに設定するのかといえば、「執着」(標準語の場合、アクセントは前に置くらしい)で、地獄の戦場からなんとしても生きて帰りたいという生への執念と、愛したサイキック仲間の女を取り戻したいという執着が呼応して、マジカルに時空を歪めてしまう。まあ、いわば『ビューティフル・ドリーマー』なんだけど。映画オリジナルのラストのすれ違いも、まあ誰でも思いつく趣向だけど、悪くないよ。というか、あれがないと、ドラマのバランスが収まらない。だって『時をかける少女』だから!(巻き戻しは要らんけど。そこが本木克英の悪癖!)
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■ちなみに、本木克英は木下恵介の最期の時代の愛弟子(押しかけ弟子?)で、中国大陸を舞台とした戦争映画『戦場の固き約束』の助手をしており、あろうことか主役候補であった。それだけ愛されたわけだろう。そんな歴史もあるので、原作でも力が入っていたわりに、なんだか腑に落ちない戦場場面をどう描くのか?気になったところだ。

■ゆえにいちばん残念なのは、予算的な制約もあってか、ニューギニアのジャングルが生々しく描ききれていないことで、東映東京撮影所の狭いセットにしか見えないので、勿体ない。せっかくの映画化なので、VFX予算をもう少し振り向けて、リアルな戦場空間を見せればよかったのに。それに、演じる役者は、もっと痩せなければだね。あるいは、VFXで加工すべき。でないと、倫理観とか正邪を超えた生への執着、その切実さという基本テーマが迫らないからね。それに、太平洋戦争の飢餓状況における生還への執念と、女への執着(未練)を対置してしまって、それでいいのか?という原作由来の根本的な疑問も残るけどね。


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