【映画脚本レビュー】素直になれない二人…非行少女VSポリオ少年!吉田憲二&石森史郎作『私は泣かない』

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■『年鑑代表シナリオ集1966年』に載っていたので読みました。『893愚連隊』とか『愛と死の記録』とか載ってますからね、そんな時代の映画だけど、本作は日本映画史上では忘れ去られた映画ですね。でも、当時は賞(第1回・青少年映画賞文部大臣グランプリ受賞作品)もとったし、本書にも収録されるしで、ちゃんと高評価だった。

■実際、シナリオ読むと、良いですね。当時ですら、「またまた難病ものか」と揶揄されていた企画だけど、難病もののジャンルのなかでも作劇の構図に工夫がある。佐藤忠男がテーマを一言で現していて、「肉体の不具者と心の不具者」の対立だとしています(今の感覚ではまずい表現だけど)。確かに、そのとおりで、小児麻痺の少年とその環境を描くのに、和泉雅子の十八番、非行少女をぶつけたところに企画の狙いがある。うまい企画だと思う。さらに、そこに社会運動の要素までぶち込んで、芦川いづみで綺麗に結びつけるというのは、なかなかよくできた構築だと思う。感心しました。

■シナリオテクニックとしては、和泉雅子の心情を、彼氏への手紙で描いたところも、まあよくある手だけど、悪くない。単なる説明にはなっていないから。文字や文章の書きぶりに、彼女の性格、人間性がちゃんと出ているからだろうな。

山内賢の役柄はシナリオを読むかぎり違和感がないのに、映画では演技が強すぎて、ステロタイプな青年像になってしまったのは、惜しい。もっとリアルにさらっと演じるべきだった。ここは演出の塩梅の問題。

■シナリオ教室では、ト書きに登場人物の気持ちは書かないで、映像で見せるように書けと言われるけど、要所要所に気持ちの指定がしてある。シナリオは撮影現場の各部への指示書という機能を持つので、現場に念押して伝えるべきことは書いておきますよ、ということだろう。同様のことは高田宏治(だったかな?)も言ってたな。現場で間違いや混乱がないように、シナリオの中で申し送りしておくという考え方だ。東映では、あえてセリフも多めに書いておいて、役の言動の真意、言いたいことが漏れないように念押ししておいて、現場判断で不要なら削ってくれというスタンスだったらしい。このあたりは、会社によっても異なる作法だろうな。

■例えば成瀬組では、別に多めに書いたわけでもないタイトなシナリオの台詞を、まだせっせと削って、役者の表情とかで表現できる内容は、台詞に頼らないという徹底した演出手法だった。

吉田憲二て、どこかで再評価される機会があるのかなあ。日活の社風のある一面を生真面目に体現していると思うけど、なにしろ、作品が少ないからなあ。

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