基本情報
黒い十人の女 ★★★★
1961 スコープサイズ(モノクロ) 103分 @アマプラ
企画:藤井浩明 シナリオ:和田夏十 撮影:小林節雄 照明:伊藤幸夫 美術:下河原友雄 音楽:芥川也寸志 特殊撮影:築地米三郎 監督:市川崑
感想
■軽薄なテレビPには正妻を含めて十人の女がいた。彼女らは、いっそのこと男を殺してしまえば楽になると思い始める。。。
■和田夏十のオリジナル脚本で、何度もリメイクされるほど有名作だけど、随分以前に観たままでほぼ忘れていた。今回再見すると、これオシャレ系ではなくて、とことんどす黒い悪意に満ちた映画で、確かに「黒い」のだった。十人の女たちは和田夏十の分身で、だって、名前に「十」が入っているからね。
■小林節雄のキャメラは、いつにも増して黒い。増村組よりも極端なコントラストを狙っていて、黒みが強い。ただ、粒状性はあまる荒らしていないようだ。そういえば技術スタッフはそのまま増村組でもあるんだな。増村は市川崑を信頼していたから。
■船越英二は時代の寵児、軽薄なテレビマンで、忙しい、忙しいといいながら、実質的には社内で何もしていない。現代社会(当時)の風刺になっている。なにしろ、名前が「風さん」なので、ただ流れているだけで、中身がなにもないのだ。
■それは和田夏十の脚本の明確な意図で、男の側にはテーマがなく、女の側に論理と意見がある。なので完全な女性映画だ。岸田今日子と永井智雄の面談の場面などにも、そのことはリアルに描かれる。ここは戯画ではなく、かなりリアルな当時の働く女性の社会性が描かれていて、演技も含めて説得力がある。後の『破戒』が明確な女性映画でもあったことを指摘したけど、その流れが本作で極まったのではないか。
maricozy.hatenablog.jp
■以前に観たときには知らなかったけど、和田夏十は本作で、市川崑と有馬稲子の不倫関係を戯画化しているようだ。妻の山本富士子は事業の才があり独りで生きていけるから旦那がほしいならあげるわ、と岸恵子に渡すけど、岸恵子に囲われた男は職場とのつながりを失うと、何しろ内面がなにもない男なので、完全に空虚になる。ラストシーンのあたりで、そのことが痛烈に描かれていて、男と切れた女たちはそれぞれ自分の道で活躍を始めているが、一方で男を引き取って女優業もやめた岸恵子は一抹の不安を覚える。
■そこからちょっと困惑させるラストシーンに至るけど、あの場面は多分「火車」を意味しているのだろう。横転して炎上する自動車。文字通りの「火車」でいいのではないか。亡者を地獄へと連れ去るという、あの「火車」だ。仕事も捨てて、男との二人だけの理想的な生活を選択した彼女だけど、行方に見えるものは、地獄へと続く道ではないか。。。いや、そうに決まってる。旦那を寝取る有馬稲子のような女優の将来は、地獄行きに決まってるのだ!まだ気づいてないだけで!そんな和田夏十の癇気がストレートに描かれているのだと思う。怖い。
■もちろん、この脚本読んで一番残酷なダメージを受けるのは、旦那の市川崑で、でもそれは当然の報いなので、甘んじて受諾したのだろう。なんで、こんなわが家の家庭の事情を赤裸々にさらけ出すようなお話を?と思いながらも、罪滅ぼしの気持ちで制作したはずだ。だって、市川崑て、私生活ではかなりの「人でなし」だったらしいから。
■というわけで、和田夏十の夫に対する怒りを極めて技巧的かつスマートに劇化して、虚実皮膜の間を狙った映画だけど、市川崑がオリジナル企画として大映に持ち込んだらしいから、完全に贖罪の企画だよね。というか、奥さんにやらされている?しかも、女優役を演じる岸恵子は、有馬稲子とにんじんくらぶで同志ですからね。完全に狙った配役だしね。岸恵子は市川崑と有馬稲子の関係を知ったうえで演じていたはずで、エグすぎる。。。
