実践的で、かなり有意義!柏田道夫著『シナリオの書き方』

■これいま書店には結構並んでいる有名な本らしいけど、実際非常に有益です。シナリオを書くときにも、映画やドラマを見るときにも、とても役に立ちます。

「説明台詞」をどう避けるか?

■実践的で有益な教えがいっぱいあるのでいちいち挙げられないけど、よく問題になるのが「説明台詞」の問題。これはプロでも往々にしてやってしまうことだし、ジャンルによっては必ずしも悪ではないと思うけど、まあ明らかに絵に書いたような「説明台詞」は、不自然で白けますね。やたらと修飾語が長い台詞は往々にして説明臭さが気になります。

■でも、時代劇とか歴史的なドラマなどでは時代背景や状況設定について説明要素は必須になるし、難しい言葉(漢語が多い)や専門用語を多用した長台詞は、純粋に「説明台詞」であっても、流麗にあるいは朗々と演じれば演者の演技を堪能できるひとつの見せ場になりえます。だから一概には言えない要素が大きい。SFジャンルなんかでも「説明台詞」は必須だし、ミステリーはほぼ「説明台詞」だけでできているようにも思うけど、これを「説明台詞」とは普通呼ばない。説明を趣旨とする、説明するためのシーンに置かれる台詞なので、そこにある台詞はいわゆる「説明台詞」とは違うわけです。でもドラマが動かないので、非常に退屈なことは確かで、あまり観たいとは思わない。どうしても工夫が必要にはなるのは同じことじゃないかな。

■一般論として「説明台詞」の対策については以下のように示されます。

  1. 削る
  2. ひっくり返す
  3. たとえる
  4. 嘘をつかせる

というものです。「ひっくり返す」技は容易に使えて、台詞の順序を入れ替えるだけで、結構リアルな話し言葉になって、こなれた感じがしてきますね。「たとえる」技は少しむずかしてく、うまいたとえで往なすことができるかは微妙なところです。あまり汎用性はない気がします。「嘘をつかせる」テクニックは、他の部分でも何度も言われている重要ポイントで、人間は本音ばかりストレートには話さないし、そんな台詞展開は退屈だということですね(いわゆる人間関係に「アヤ」がないということにも繋がる?*1)。確かに、端的にお話を進めたいあまり、みんな本音をストレートに語りすぎる、都合の良い(平板な)展開は、ついつい書きがちですね。

■あとは、会話形式にするという基本的な方法に加えて、説明がいらないように、

  1. 人物を置く柱を考える
  2. ト書きや小道具と組み合わせる

というテクニックがあります。

■著者の作例が丁寧に載っているのも有益で、一工夫した台詞はなるほど確かに会話にメリハリと個性が出て、確かに違うなあと実感できる。でも、映画やドラマをいっぱい観てくると、いかにも作ったふうな展開やキャラの立った台詞は正直いらないので、普通に淡々と進めてくれとは思いますけどね。以下に述べるように、構成がちゃんとできていれば、個々のシーンの変な工夫はかえって邪魔に感じられることが少なくない。

シナリオは構成が命!

■以上は台詞関係だけど、構成関係について重要な指摘というか紹介があって、伊丹十三のインタビュー記事からの引用ですが、脚本開発の2/3くらいは「全体の骨組みだけを叩いて暮らす」と述べています。構成がガッチリ決まるまでは、脚本は書き出さないそうです。これは非常に有意義な指摘だと思います。

■脚本は構成が命です。台詞は少々まずくても、極端にいえば、台詞はなくても柱とト書きがあれば成立するのが映画です。構成があれば、映画は成立する。映画は不可避的に詩に似ているから。というのはシド・フィールドの受け売りを含めての個人的な解釈だけど、伊丹十三のこの言葉は、非常に本質を突いている気がします。

*1:シナリオ作法における「アヤ」て、意味合いが一定してなくて、例えば笠原和夫の使う意味と新藤兼人が使うのと、多分一致していない。登場人物の人間関係が一筋縄ではいかない事情を抱えているとか、それが普通じゃないので自然とドラマ発生の気配を孕んでいるとか?「アヤ」があるゆえに、台詞の方向性も平板でなく自然と一定のバイアスやニュアンスを纏うことになるはずだ、といった考え方?

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