【戯曲レビュー】やっと読めた!宇野信夫の名作怪談劇『怪談蚊喰鳥』

国立国会図書館のおかげで、昔から気になっていた宇野信夫の怪談戯曲を読むことができた。

■そもそも演劇で単純な怪談ものなんて、最近はなくて、新歌舞伎が盛んだった時代には一定の流行時期があったようだけど、テレビで毎週やるようになり、いまや怪談は映画や動画で観るものとなって、敢えて舞台や歌舞伎で新作怪談なんて、誰も考えないので、定番の旧作が上演される程度。この『怪談蚊喰鳥』を知っているのも、森一生の映画があるから。

■でも、そもそも映画の『怪談蚊喰鳥』は、東宝で企画開発されていて、橋本忍がやりたがっていた。実際は忙しかったので実際には弟子の国弘威雄が書いて、1960年に脚本は完成したけど、なぜか企画が頓挫して、なぜか大映がそれを拾った。おそらくは東宝のダイヤモンドラインの想定で企画されていたものが、路線の消滅で宙に浮いたという経緯を想像するけど、どうだろう。そもそも、東宝で誰が按摩を演じるのか?どう考えても青柳信雄の『生きている小平次』と同じラインで、歌舞伎役者が必要になるだろう。

東宝用に構想している際に橋本忍の意向で、同じく宇野信夫の名作『巷談宵宮雨』を混ぜてお話を膨らませた。なので、戯曲を読むと、あっけなくオチに至るので、ちょっと驚いた。でも、映画版より良いと思う。三幕ものだけど、第三幕の呆気なさは、逆に気持ち良い。映画版は、変な教訓を念押ししたところがダサくてね。文芸怪談なので、ただの怪談ものじゃないよと言いたいのだろうが、あまり褒められない。

■第一幕で辰の市の亡霊が出現して、映画でもここは名場面だったところ。第二幕は、兄の徳の市が菊次と懇ろになるけど、実は菊次は按摩から金を巻き上げる計略だった。徳の市は手ひどく叩き出される。第三幕は、墓地の井戸に辰の市が現れて、菊次と愛人が取り殺されてオシマイ。辰の市の亡霊は、結局弟の仇を取りに出てきたらしい。菊次に恋い焦がれて死んだので、彼女を黄泉の国に巻き取ろうとしたとも思えるけど、まあ、弟の敵討ちだねえ。そこが、ちょっとめずらしい趣向。双子の兄弟の敵討ちとは。

■なぜに「蚊喰鳥」なのかずっと疑問だったけど、雰囲気づくりで夏の夕方に子どもたちが蝙蝠を追って遊んでいる風情があり、一方で頭の弱い寺の小坊主が墓地に出没する蝙蝠(蚊喰鳥)のことを「黒い蝶々」と誤認していて、妙な幻想味を加味しているのだった。このエッセンスはなかなか巧いと思う。蝶々は現実と幻想を結んで行き来する意味あいを帯びているから。映画版では、この小坊主が狡っ辛く、変に教訓的なことを言い残すけど、原作戯曲の趣向(趣味)のほうが良いよね。まあ、映画でやると単純に蝙蝠にしか見えないから、舞台での台詞だけのほうが効果的だといえる。

■上演時間は小一時間程度の小品で、まさに納涼興行用作品といった風情で、その軽快さが肝。鈴木泉三郎の『生きている小平次』も同様の出し物だけど、ラストの余韻も似ているから、当時受けた共通フォーマットということだろうなあ。

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