ひとたび風が吹けば、人は殺人者に堕ちるのだ『薄化粧』

薄化粧

薄化粧

  • 緒形 拳
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基本情報

薄化粧 ★★★☆
1985 ヴィスタサイズ 124分 @BS松竹東急
原作:西村望 脚本:古田求 撮影:森田富士郎 照明:美間博 美術:西岡善信 音楽:佐藤勝 監督:五社英雄

感想

■1950年に別子銅山の社宅で起きた現実の事件(西村事件)をもとにした西村望の実録小説の映画化で、社宅の知り合いをダイナマイトで爆殺するし、妻子を殺すしで逮捕されるけど、脱獄して逃亡した実在の犯罪者を緒形拳が演じる。随分久しぶりに観たけど、これは五社英雄の映画でも上出来の部類でしょう。犯罪実録ものの映画はできが良い傾向があるけど、本作もその実例。

■製作に映像京都も加わっているので、おなじみの旧大映京都精鋭スタッフが参加して、森田キャメラマンも得意の望遠技をたっぷり披露する。狙いに狙ったどや!的なピント移動もばっちり決まって、まあ、技術的に見事なものです。

■なにしろ主人公の人間像が問題で、普通の観客が共感できるキャラクターではないのだけど、その謎の人間像が徐々に、なんとなく近しく感じられてくるのが、映画の魔力で、回想形式にした脚本の巧みさが生きている。逮捕されるまでの経緯を逃亡中の回想で見せてゆくのだけど、逃亡中のこの男は実際にわりと普通に暮らしていたらしく、そこから過去の無軌道で衝動的な生活ぶりが回想されるから、なんでこの男が、こんなむごたらしい事件を起こすのか?という人間の本性に関する解けない謎が、観客の心に湧き上がるようになっている。古田求井手雅人の弟子筋だけど、脚本賞レベルだと思います。

■実際、「蛇のような男」と何度も形容される彼が、徐々に人間味を帯びて見えてくるのが秀逸な設計で、その変貌の閾値を超えるクライマックスが、藤真利子から悪戯で化粧される場面。もともと眉が薄くて、人相が悪く、ぬめっとした爬虫類的なメイクの作りで、蛇に見える容貌だったのが、眉を太く書くことで、確かに人間らしく見えてくる。藤真利子演じる飯場の飲み屋の女と知り合って、蛇から人間に変貌してゆく。そもそも、蛇は死と再生のシンボルだ。脱獄の際に、まるでゾンビの復活のように地面から這い出す場面は、まさに再生の過程を現している。

大村崑演じる元刑事は、あいつは無類の女好きで、でも本当にいい女にまだ出会ってないのだと総括する。脚色上のご都合主義的な総括なんだけど、それでも藤真利子と出会うことで、確かに何かが変わるのだ。そんな宿命的な出会いであり、カップルだったという、そういう脚本構成になっている。

■クライマックスは、逃げる男と、彼を追うことを決めた女が、互いに化粧を始める場面で、死んだような境遇のなかで生きるために、逃げ延びて生き延びるために、愛するものと生まれ変わるために、人間は「化粧」という偽りの仮面を纏うことが必要なのだという、哲学的な(?)結論に至る。でもそれは本当に偽りなのか?「化粧」によって、やっと人間はその本性を取り戻すことができるのではないか?

■でもそれは彼らの旅の終りを意味するのだった。哀切なラストの幕切れは、たぶん脚本を読んだほうが、切れ味が良くて感動的だと思う。「朝に紅顔有りて、夕べには白骨となれる身」それが人間の性。人はひとたび風が吹けば、たやすく殺人者に堕ちるのだ。五社英雄は、いつものクセで、ちょっと派手にやりすぎるけど。

例えば親鸞は『歎異抄』のなかで「わがこころのよくてころさぬにはあらず。また、害せじとおもふとも、百人千人をころすこともあるべし。」という有名な言葉を述べています。
善人だから殺さないのではない。善人だから殺すまいと心に思っていても、百人千人殺すことがあるじゃないか。それがリアルな人間じゃないかと。そういうこと。
だからその因縁から解脱して、真の人間として脱皮したい、生まれかわりたいと足掻くことがあるよね。この事件の犯人もそうじゃないかな?だってそれが人間だもの、という解釈。実際、かなり宗教哲学的な映画だと思う。

補足

■ちなみに、映画館の場面が出てくるけど、なんと千本日活でロケしたものらしい。しかも、千本日活は今も現存する!

■館名どおり、むかしは日活ロマンポルノをやっていて、ロマンポルノも終わり頃には、ここしかやってなかったので、石井隆の『赤い眩暈』を封切りで観た記憶がある。たぶんここだよなあ。



参考

五社英雄の映画は、主なところは観てるけど、あまりに昔過ぎて、記事がない!『女殺油地獄』とか『櫂』とか。
maricozy.hatenablog.jp
「人はひとたび風が吹けば、殺人者に堕ちる」という宗教的&哲学的な含意を、単純に即物的にB級ホラー映画に仕立てたシャマランは、やっぱり意味分かってる人なのかあと、改めて思う。
maricozy.hatenablog.jp

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