■事故調査報告書では三角波が原因での沈没とされたが、船体はパラ泊中で安定しており、通常はこうした事故は起こらないと言われる。さらに、生存者は2回の衝撃音を聞いており、甲板に海水はかぶっていなかったし、海上には大量の重油が浮いていたので、状況証拠的には単なる大波の影響ではなさそうだ。報告書は生存者の証言と違和感を軽視しているふしがある。。。
■調査報道がどれほど時間と手間のかかる作業であるかという点が盛り込まれているところも読みどころで、採算度外視といった風情だ。取材対象にいちいち手書きの手紙を書いて取材依頼するとか、単純なはなし、マメな人じゃないとできませんね。これがもっと大手の記者とかNHKだったら、一気に米国に飛んで証言とか証拠を集めるとかしそうだけどね。
■実際のところ、米国(原子力)潜水艦の当て逃げ事故説は、米国のことゆえ十分ありうるだろうと感じる。元自衛隊の超偉い人(潜水艦隊司令官)が証言しているけど、彼我の情報交換は意外はほど少ないらしいし、自衛隊の中にも彼の国に対して含むところは相当あるらしい。
■興味深いのは、運輸安全委員会や国交省関係者の間にも、漁師は一攫千金を狙って無茶な操業をするので、事故が起こるのは自業自得で、何度言っても言うことを守らない荒っぽい奴らだといった感触が共有されていること。それゆえ、漁船事故の調査の優先順位も相対的に低いという。確かに、サラリーマンじゃないので、いわゆる今どきの綺麗事にすぎる「コンプライアンス意識」は低いだろうけど、そこには「海の民」に対する古来の賤視(差別感情)がいまだに根付いてる気がするなあ。
■もともと潜水艦衝突説は囁かれていたこの事件が風化したのは、新事実が出てこないので記事化できなかったから。本書でも状況証拠はほぼクロに見えるけど、直接証拠は日本海溝の深海底の船体に刻まれたはずの衝突傷なので、此処から先はNHKの出番だね(?)
■そんなことで事故の真相はあくまで可能性にとどまるので、物語の主人公は酢屋商店の社長の人間像に収束する。海難事故のその後、無情にも東日本大震災と原発事故でも被災した不条理に戸惑う姿が描かれて、この世界の「不条理」というテーマで、ドキュメントとしては、なんとなくうまい具合にまとめる。事故のドキュメントと同時に人間のドキュメントでもあったのだ。
