うちにもエマ・トンプソンの天使こないかなあ!トランプ大統領就任記念?HBOドラマ『エンジェルス・イン・アメリカ』をイッキ見!


スピルバーグの映画の脚本も書いていたトニー・クシュナーの有名傑作戯曲『エンジェルス・イン・アメリカ 国家的テーマに関するゲイ・ファンタジア』(知らんかったけど)をHBOが2003年に配信ドラマ化したもの。なにしろクオリティ重視のHBOなので、脚本も戯曲家じしんが書いているし、監督はマイク・ニコルズだし、アル・パチーノメリル・ストリープエマ・トンプソンその他大勢さんだし、特撮はリチャード・エドランドだし!びっくり。まだシネマカメラ(デジカメ)が普及する前なので、フィルム撮影だと思う。

■1985年のレーガン大統領の再選を目の当たりにして、自由や人権や多様性を制約する、あまりに保守反動的な政治方針に戦々恐々とするゲイ・コミュニティの反応に、まさにトランプ大統領再選の今を重ね合わせて観ることができるという、グッドタイミングでイッキ見に挑戦です。舞台劇なので、抽象的で観念的な科白劇かと思いきや、まったく平易で、逆にこれをどうやって舞台で見せたのか?と思うほど。実際、観始めるとやめられませんね。いかにもあざとい表面的なフックではなく、リアルな人間像が自然なサスペンスを生む。それに、2つの不幸な(?)カップルを並行して描く編集もサスペンスを加速するので、見せ方が巧いですわ。

第一部『至福千年紀が近づく』

第1章「悪い知らせ」、第2章「試験管の中で」は、精神安定剤中毒の妻(メアリー=ルイーズ・パーカー)を抱えるジョー(モルモン教徒:若き日のパトリック・ウィルソン!)が大物弁護士のロイ・コーン(アル・パチーノ)から、司法省に良い口があると紹介されるけど家庭環境があれなので逡巡する話と、恋人プライアー(ジャスティン・カーク)からエイズであることを告白されたルイス(ユダヤ教徒:ベン・シェンクマン)が辛い現実から逃げ出したいと懊悩する姿を並行して描き、この二人が実は同じ職場で遭遇することから、ジョーは心の奥に秘めた同性愛嗜好を言い当てられてしまう。。。

■ロイ・コーンという人は検察官としてマッカーシー議員の赤狩りに加担して名を売って、後の大統領たちにもお近づきになる大出世を遂げるけど、やり口が汚ないので失脚して弁護士に転身するけど、これも資格剥奪されそうになる。そのため、司法省を牽制するスパイを送り込む目的でジョーに目をつけたのだ。しかも、有名なゲイなので、バーでジョーを説得するトロンとした目つきとか、手の仕草とか、見事な演技。俺は最強の15桁の数字を知ってる。電話すると5分後に必ず向こうからかかってくるんだ。大統領だね?いや、その女房だ。とか、さすがに舞台劇ですね。しかも、若き日のドナルド・トランプに悪の処世術、マキャベリズムを身を持って示したのが、このロイ・コーンだそうです。まさに、今見るべき旬のドラマですね。

■そうそう、ジョーの妻の幻覚の中に現れるジェフリー・ライトが最高におかしくて、なんですかね、これ。今後の展開が楽しみで仕方ない。

第3章「天からの使者」では、ロイ・コーンが「ローゼンバーグ事件」で終身刑のはずだった妻のエセルを判事に迫って死刑にさせたことを自慢するので、ジョーはついに離心し、密かに惹かれていたルイスのもとへ走る。エイズに冒されたロイ・コーンのもとにはそのエセル(メリル・ストリープ)の幻覚(亡霊?)が現れ、一方、ルイスが去ったプライアーのもとには遠い先祖たちが賑やかに前触れとして出現した後、アパートの天井を突き破って天使(エマ・トンプソン!)が降臨する。

■第一部は終わったけど、お話は完全に途中です。要はテレビドラマというより、3時間映画の2部作を撮ったという豪勢な体裁になっている。ドラマとしてユニークなのは、登場人物たちの幻覚が派手にスペクタクルに展開することで、そこにリチャード・エドランドが腕を振るう。天使と言えば、リチャードだよね!という大雑把な業界認識があったのではないか。だって『天使とデート』だから!

天使とデート(字幕版)

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  • マイケル・E・ナイト
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■配役にはいかにも舞台的な趣向が反映されていて、いきなり冒頭に登場するヒゲだらけの年老いたラビが、そもそもメリル・ストリープだった!それにジョーの母親だし、エセル・ローゼンバーグの幻(亡霊)。ジョーにとっては、母親を死刑台に送られたに等しいという意味合いにもなる配役。エマ・トンプソンもスラムの汚いホームレスの爺さん&女医&天使という、謎の離れわざ。天使降臨のスペクタクルはさすがにリチャード・エドランドを呼んできたかいはある見事なビジュアルで、いまなら(いや当時でも)CGでできてしまうけど、エマ・トンプソンが(ワイヤーに吊られて)実際に演じている点で、やはり説得力が違う。

■そうそう、ロイ・コーンが、ジョーに、法に従うだけの人間になりたいのか、法を作る人間になりたいのか、と問う場面があって、同じくアル・パチーノが出演した『ディアボロス 悪魔の扉』を思い出しました。あれも、悪魔が人間世界を支配するには、暴力とか恐怖じゃなくて、法を支配すれば良いのだと喝破するところが見どころでしたね。なんとなくぼんやり感じていたことを的確に言い当てられて膝を打った記憶があります。ロイ・コーンも、全く同じだし、そもそもあの映画て、ドナルド・トランプ邸でロケしたらしいので、明らかに、狙ってるよね。

■ほんとにもっと難解なドラマかと思いきや、しっかりゲイカップルの通俗メロドラマになっていて、話術は緩急自在だし、楽しい音楽に、派手なSFXに、小粋な笑いにと、娯楽要素をさんざん詰め込んだサービス精神あふれる通俗娯楽作品。会話の中に政治的要素が多いのが特徴だろうけど、まあ実際の日常会話の中で起こりうることなので、そこはあくまでリアルな風景だよね。共和党支持者だけどゲイの自覚をついにカミングアウトして、しかもロイ・コーン的な生き方を否定した(当然だけど)ジョーに救いは訪れるのか?ルイスに去られて孤独なプライアーは孤独なまま天使の迎えを受け入れるのか?第一部ではまったく完結していないので、第二部が楽しみだなあ。

第二部『ペレストロイカ

■いよいよ第二部に突入した第4章「聖なる予言」では、プライアーは権天使エマ・トンプソン)によって、神が去った世界の預言者に指名され、入院したロイ・コーンはエイズの特効薬と言われるAZT(ジドブジン)をコネで入手すると、ゲイの看護師(ジェフリー・ライト)は友人のプライアーのためにいくつかを強引に分けてもらうのだった。ロイ・コーンの端には相変わらずエセルの亡霊が静かに微笑んでいる。

■とにかくエマ・トンプソンの演じる天使が強烈で、わざわざリチャード・エドランドを呼んできたのが納得される、スペクタクルな見せ場。CGではない、SFX的な手法を用いて、エマ・トンプソンの実在感や重力の作用が自然と感じられる。この天使のキャラクターがなかなか豪快で、エマ・トンプソンも、ここは思いっきり演劇的に大芝居で見せる。しかも、受け答えが妙に人間的で、ときどき考え込み、会話が噛み合ってない感じが、笑いを誘う。さらに、判断に行き詰まるといきなり空中で大車輪を始めるので、呆気にとられる。しかもSFXが良くできているので大笑い。おまけに、プライアーは天使と空中で結ばれる。エマ・トンプソンもどんな気持ちで演じたのか、聞いてみたいものだ。なんだか、ノリノリなんだけど。そもそも、この場面、舞台ではどう演じていたのだろう??できるの?

■ロイ・コーンは、エイズで瀕死の床にあるけど、エセルの亡霊にあっちでリリアン・ヘルマンに遭ったかい?とか問いかける。赤の仲間だろと。さすがに、劇作家ですね。

第5章「現実と妄想の果てに」でルイスはジョンのもとを去り、プライアーを捨てたことを詫びるが、プライアーは許さず、かえってジョンのストーカーに。死の床にあるロイ・コーンはジョーに祝福を与え、妻のもとに変えるように諭す。ジョンは妻とよりを戻そうとするが、心のなかにルイスがいることを悟られて破局する。

■せっかく神の代わりに天使に啓示を与えられ、預言者となったはずのプライアーは、まだ迷いの中にある。預言者として、何をし始めるのかと思いきや、ジョーのストーカーになってしまう。一方、ジョーとロイ・コーンが師弟関係だと知ったルイスは、激しい衝撃を受ける。アメリカの悪の権化のあのロイ・コーンだと!?

第6章「天国への階段」では、プライアーはジョーの母に助けられ、再び天使が現れると、啓示の書を返上したいという。プライアーは天国の階段を登り、まだ死ぬわけにはいかないのでかわりに祝福を与えてくれと申しでる。さらに人間を見捨てた神が再び戻ってきたときには、訴訟を起こしてやると宣言する。ジョーはレーガン政権下、判事補としてマイノリティに対する差別的な判決文案を書いていたことをルイスに叱責され、ジョーが女を愛せないことを再確認した妻にも捨てられる。ロイ・コーンは最期は法曹人として死にたいと願いながら、弁護士資格剥奪の報を告げられ、失意の中で息を引き取ると、エセル(亡霊)は快哉を上げる。1990年、プライヤーたちはペレストロイカを称賛しつつ、大いなる御業が訪れることを予言する。

総括(あるいは妖怪天使降臨!)

■ジョーやルイスが裁判所の書記官や事務官だったりするし、悪徳弁護士のロイ・コーンを象徴的に描くことからしても、アメリカにおける「法の支配」についての見解を描こうとしたことは確かで、『ディアボロス 悪魔の扉』で人間が編み出した「法の支配」を逆に利用して人間を支配しようとした悪魔を演じたアル・パチーノが同様の役柄を演じるのも、そのことを踏襲したものだろう。

■「法の支配」は神や悪魔の人間世界に対する作用の媒体であって、だからこそ重要なのだと考えているだろう。「法の支配」は人間が人間社会のために自分を律するために作り上げたものだけど、特にアメリカでは(?)そこには宗教的な概念や理念も反映していて、「法の支配」で「正義」が実現するのか、その名目のもとで権力が構造的に蓄積され「悪」が作用することになるのか、どちらもありうることなのだ。

■「神」は人間を見捨ててどこかに行っている(どこで遊んでいる?)ので姿を現さないが、悪魔はロイ・コーンという人間の形で、その代理人を務めている。「神」が留守なので「悪魔」が人間に化体して暗躍するのだ。「神」がいないために、地上にはエイズが蔓延し、マイノリティは差別され、仲間たちは次々と斃れてゆく。「神」は何もしてくれないので職務怠慢だ。今後「神」が帰ってきたら、お前いままでどこで何やってたんだとぶん殴って、「法の支配」によって罰してやるのだ。それがエイズによる衰弱と幻想の世界を往還したプライヤーという男のたどり着いた結論だ。1980年代後半のエイズ時代のマイノリティの末世的な真情が切々と、でもユーモラスに描かれる。でも、あの時代をリアルに経験したものでないと、その肌を切るような絶望の切実さは実感し難いかもしれない。

■ラストで1990年に登場する四人組にジョーがいなくて、そのお母さんが仲間になっているのも示唆的で、ジョーはモルモン教徒で、しかもゲイであるというマイノリティでありながら、ロイ・コーンの庇護どころか祝福まで受けてしまうし、共和党の支持者で、裁判所ではずっと判事補として差別的な判決文を書いてきたという自己欺瞞的な人間なので、最終的に彼のもとからすべての人間が去ってゆくのだ。ホントにパトリック・ウィルソンが可哀想なんだけど、マイノリティでありがなら、マジョリティに無自覚に迎合する罪を徹底的に断罪されているのだ。ホントに悪気はないので、可哀想なんだけど。(作者、厳しいよね)

■一方で、その母もモルモン教徒だけど、プライヤーのエイズから逃げずに接することで、なんと彼と一緒に天使を受け入れ、あろうことか空中で接合してしまうのだ。もう完全に生まれ変わってますね。ラストシーンでも明らかだけど。ジョーの母親ではなく、プライヤーの母親になっている。そういえば、天使とまぐわう以前に、同じくエマ・トンプソンが演じる(!)ホームレスの爺さんと対面しているわけですね。演劇的趣向。

■そして、実の主役はプライヤーだったことが最終段階で明確になり、ラストシーンはプライヤーが観客に直接話しかけ、観客を祝福し、大いなる神の御業が訪れることを予言する。天国で神の啓示を返上して、預言者たることを辞退した彼だけど、ここで人間として自分の意志により真の預言者となったのだ。すでに1986年にはチェルノブイリ原子力発電所事故が世界を震撼させているが、ペレストロイカの進展は、もうじき東西冷戦の終焉、ソ連の解体を招来する。それは、神の祝福かもしれないが、単なる通過点に過ぎないのかもしれない。だがエイズが「死の病」であることをやめるのはもうじきだろう。それまでは仲間たちに支えられて生き延びることを彼は願うのだ。

■というお話で、非常に見どころが多いし、テーマは明快だし、配役も豪華絢爛で、大物俳優にかなり馬鹿なことをやらせていて、みなノリノリで怪演するし、単純にいって感動的というよりも痛快なドラマでした。最終回でもエマ・トンプソンは天使として再度降臨して、こんどは猛禽類を模した黒天使で、痺れるほどカッコいいぞ!SFXはさすがにちょっと塩っぱいけど、エマ姉さんのノリノリの妖怪(?)演技なんて、よそじゃ観れないよ!もう楽しくて仕方ない。実際、髪型次第で男子(おじさん?)にも見えるし、色っぽいお姉さんにも見える。天使は両性具有なのでついに、ついつい(?)メリル・ストリープとも結合してしまうのだ!(乱脈にもほどがある)

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