安全・安心を求めすぎると人類は退化するよ!とウェルズ先生が親切に教えてくれる『タイムマシン』

■ウェルズ先生の出世作である『タイムマシン』を初めて読んだ。小説としては短いこともあり、物語性には欠けるけど、文明批評の部分にはさすがに、19世紀のイギリス階級社会を揺さぶる鋭さがあると思う。しかも、今読んでもあながち古くない。

■特に80万年後の地上人類(エロイ)と地下人類(モーロック)に完全に断絶した人間社会の異様さと、なぜそうなったのかという推察の部分にウェルズ先生の心配性がよく表れているし、読みどころ。階級社会がそのまま純化してゆくと、資本家階級は何もしなくなって退化するし、労働者階級は地下に押し込められてこれも退化する。しかも、両者の間には歪な食物連鎖が生まれていて、単純な二項対立でもない。人類の進化と退化の対比は後の『モロー博士の島』でもリフレインされるけど、ダーウィンによる最新の進化論が脚光を浴びていた時代に、さらにその先に人類の退化する未来に思いを至らせる、そのひねくれた感性が素敵だ。

■人間は不自由や危険があるから、それをいかに克服するかを考えることで進化した。「つまりわれわれの知性は、変化と危険と困難があってこそ、すぐれたものになるということだ。」進化の到達点では、そうした進化へのドライブ要因がなくなり、そうすると人間はやることがなくて、退化し始める。「習慣と本能が使いものにならなくなったときはじめて、自然の要求で、知性が呼び出される。変化も、変化の必要もないところでは、知性などまるで用無しなのだ。多くの必要と危険に直面した動物だけに、知性が芽生える。」

■お題目のように安全・安心を追求しがちな昨今だが、その行く先は、危険で不衛生な世界に押し込められる退化した下層階級と、進化の動因を喪失した、平和に退化した上流階級しか生み出さないのではないか。結構、リアルな見立てだと感じるなあ。

■エピローグでさらりと未来の退化した地上人の美点について触れられるけど、なんだか取ってつけたようだなあ。そんなとこ褒められても、とても哀しい。

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