わたしは産む機械じゃない!リアルな社会派心理サスペンス!NHKドラマ10『燕は戻ってこない』遂に完結!

■今期のNHKドラマが意欲作だらけで、既に一部で話題になっているけど、実際凄いことになっていて、どんな突然変異が起こっているのだろう?

■『虎に翼』は相当な意欲作であることは理解できるけど、劇としての面白みに欠けるところが気になり、単純に作者が芝居の見せ場、見せ方がわかっていない気がする。『むこう岸』は明らかに傑作な中編ドラマで、シネマカメラで撮っているので、中編映画といっても過言ではない。『% パーセント』はドラマについてのドラマを真面目に大胆に突き詰める気らしい。

#1&#2(#1演出:田中健二、#2演出:山戸結希)

■『燕は戻ってこない』も社会派ドラマだけど、『虎に翼』に感じられないサスペンスとか人間たちの心理状態についても、ちゃんと地に足がついていて、リアルに描かれる。特にお金の問題で主人公に一気に感情移入させるあたりは定番だけど、確実に効果的で、しかも全体にサスペンスが漲っているのが美点。貧乏故にサロゲートマザーになろうとする主人公と、先祖伝来の優秀な遺伝子を残すべくシステムを利用しようとするセレブが並行して描かれるから、サスペンスは自然と醸成されるわけ。まあ、原作小説由来だけどね。

■主役の石橋静河という人も地味にリアルな風貌で良い配役だし、同僚の伊藤万理華のチャラチャラした軽い感じも対比が効いている。なんと伊藤万理華は『% パーセント』では真面目なAP役で主演しているから、演じ分けが凄いことになっていて、演技者としての評価がうなぎのぼり。

■第1話の田中健二の演出も秀逸で、第2話は山戸結希だったけど、第1話の秀逸さが印象深い。第1話にあやしい詐欺師みたいな人が出てきて主人公の運命が変わるという趣向は名作『思い出づくり』を思わせるよね(浜村淳!)。本作では朴璐美が好演するけど、溜めに溜めたケレンたっぷりの演出も良かった。

#3(演出:田中健二

■第3話を観終わったところですが、田中健二の演出はやはり良いですね!本作は内田有紀の上手さを改めて認識したところですが、ホントにデビュー当時のボーイッシュな美しさを保ちながら、演技力に磨きがかかって、すごい仕上がり具合です。

■#3では中華料理屋の場面が傑作で、隣のテーブルからおじさんが振り返ると吹越満で、一緒に呑みませんか?の展開には、大笑いだし、最高に楽しい。中村優子って、何かの映画で見ているはずだけど、春画作家(!)役をヴィヴィッドに演じる。性に縛られない(興味のない)自由人として、奔放な言動で、内田有紀の硬くいじけがちな心を解してゆく。そうそう、こういう、いきいきした柔軟な人間関係の絡み合いの面白さが『虎に翼』には見られないのだ。この場面、見事だったので、もう一回観ようっと。しかも蘇州夜曲の演奏まで盛り込んで、面白さ満点の贅沢な趣向。

石橋静河の貧困生活のリアリティも大したもので、毎回身につまされます。ここも田中健二の演出に力が入っていると思います。これ10話まであるんだけど、まとめて一気見したいよなあ。1週間待てないからね。

#4(演出:田中健二

■義母の黒木瞳が嫁(ただし偽装離婚中)の内田有紀に電話して、「代理母引き受ける人なんてホント非常識だけど。産ませるあなたも…相当よね」と言いたいこと言って、一方的に電話切る場面の凶悪さ。ほんとにキレと間の良い演出は田中健二

■冒頭で石橋静河森崎ウィンの濃厚なラブシーンがあるので、女性監督かと思いきや、メイン演出の田中健二のしごとでした。NHKて、ほんとにラブホ好きだよね。。。

#5(演出:田中健二

■またまたラブホ登場。NHKどんだけラブホ好きなのか。

■自由になるには結婚すりゃいいのさ。リキはわたしみたいにならないでね。そう言っていた叔母(富田靖子!)の葬儀のために北海道に帰ったリキは、もともと故郷を捨てる気だったらしく、酒は飲むし、昔の男と寝るし、やりたい放題で、どう考えても悪い方にしか転がらないから、嫌なサスペンスが積み上がる。ほんとによくできた心理サスペンス劇です。

■そして常に胡散臭い、朴璐美(ぱくろみ)。本作で名前を認識したけど、ほんとにおもしろい個性の女優だなあ。メインの仕事は声優らしいけど、  もともとの経歴は生粋の演劇人だね。橋爪功富野由悠季て、どんな人脈だよ。

#06(演出:北野隆)

■前話でのリキの自由すぎる振る舞いが観るもののヒヤヒヤ感をざわざわと掻き立てたわけだけど、今回は例の春画作家(中村優子)が、そこにがっつり食いついて、アシスタントに雇うことになる。面白い、あんたイケてるわ。代理母プロジェクトに胡散臭さを感じる(当然だけど)彼女らしいアンチの言動だけど、それはそれで、あんたも大丈夫か?あんたのほうが心配だけど、という感慨を誘い、やっぱり、嫌な予感しか生まない。そこのところが、いや面白い。毎回これだけサスペンスを喚起してくれるドラマも、近年珍しいなあ。

■最近のドラマはとってつけたような不自然なサスペンスとか、どうでもいい謎とか、そんな底の浅い趣向ばかりで、大人には付き合いきれないけど、本作はなかなか地に足のついたサスペンス仕立て。基本的には原作由来だろうけど、脚本の長田育恵の腕がいいのかなあ。女優陣の演技が見応えたっぷりなのは、メイン演出の田中健二の腕のような気はするけど。

#7(演出:田中健二

■ついにリキのもとに出現した基(稲垣吾郎)の母(黒木瞳)は、でも重いつわりに苦しむ妊婦のために、細かいアドバイスもするし、せっせと作りおきの食事も用意するし、至って甲斐甲斐しく接する。でもその後で、あれは違う人種だとか、あそこは工場だったとか、散々露骨に差別的な悪態をつき、なんだかとても不愉快だわと述懐する。

■リキのマンションで甲斐甲斐しく動き回る彼女は、自分の孫を護る打算からするのではなく、母として(?)女として(?)本能的に(科学的に不適切な表現!)そう振る舞ってしまったようにも見えるし、最終的にとても不愉快に感じるのは、リキを一方的に軽蔑しきれない、自分の矛盾を認識し始めたからだ。完全に人種が違うと切り捨てることができていれば、その不愉快さは生じないはずだから。

■このように、単純なステロタイプではない振幅のある人間像を提示して、人間がしっかり描かれているのが立派なところで、どこまでが原作由来で、どこが脚本家の工夫なのか、いまはまだ判然としないけど、ドラマとしてのレベルは非常に高い。

#8(演出:北野隆)

■リキはついにリリコの家に居候を始める。基は、遺伝子を受け継いでゆくことの本当の意味に、もうじき気がつきそうな雰囲気になってきた。

■でも、いちばん心配なのは、実家が金持ちで、お手伝いさん(なぜか竹内郁子)がいて、親戚のおじさん(なぜか、いとうせいこう)が同居するリリコの豪邸のファンタジー感だ。大丈夫かなあ、ちょっと心配になってきたぞ。

#9(演出:北野隆)

■正直なところ、これで終われるのか?という心配が。次回で完結するのだけど、本当に終われるのか?リリコの実家のセットと撮影はなかなか凄いレベルで、撮影の佐々木達之介の腕が冴える。NHKのベテランキャメラマンですね。

■演出は田中健二ではなくて、北野隆。意表を突く演出はないけど、じっくりと丁寧に撮っているのはわかるし、本作は特に、そのじっくり具合が成功している。

#10(演出:田中健二)&総括

■お早うございます。終わりました。(朝ドラ『カーネーション』風に)

■いったい、どうやって風呂敷を畳むのかと気をもんだところですが、ちゃんと終わりましたね。でも、やっぱりいろんなことを積み残した気がします。リキが到達する認識は、物語の結末として違和感はないけど、それほど斬新さもないと感じた。印象的な、というかちょっとストレートに言い過ぎなリキの台詞は、脚本家のオリジナルだったようだ。それに、草桶家との確執がこれから展開するだろうし、お話がまだ終わっていないという尻切れトンボな感触が強く残る。もちろん、続編はないだろうし。。。

■#8で、基の自分の遺伝子に対するこだわりに対する、新しい認識の萌芽が描かれたように思ったけど、その件は発展せずに終わった。芸術の承継は、自分の生物学的な遺伝子ではなく、赤の他人であっても受け継ぐことが可能であるし、芸術の遺伝子とはそういうものである、ということにいい加減気づくべきところ、まだそこまでの認識には至っていない。そのまま終わってしまった。。。
(補足)
みなおして気づいたけど、基は双子の遺伝子検査をせず、他人の子であっても受け止めるという決断をくだしている。だから、血がつながっていなくても、芸の無形の遺伝子は継承することができるということを、ちゃんと学んでいたのだ。#8のエピソードはそのための布石として、ちゃんと機能していたのだ。

■プランテの朴璐美が登場せずに終わったのも勿体ないことで、なんで出さないのか?冒頭であれだけ念入りに作り上げたキャラクターなのに。まあ、ああいう役どころはある意味飛び道具なので、スポット起用なのだろうが、ああ勿体ない。そうそう、伊藤万理華が声だけの登場なのも残念だなあ。本作のリアリティを大きく支えた登場人物だけになあ。

■でも個人的にいちばん違和感を感じたのは、リキが流れ着く、リリコの家がすっかりファンタジーだったことで、それまでヒリヒリするような絶妙なリアリティに基づいて念入りに人間を描いてきたのに、急にファンタジーなふわふわしたオアシスが登場するからだ。最終的にそこに安住せず、リキが旅立ってゆくコントラストを狙ったのだろうが、正直違う話が始まったという感じで、なんでそこにお話が逸れてゆくのか、違和感が大きかった。ここは原作を外れてあくまでリアリズムで脚色すれば良かったのではないか?

■最終的にたどり着くテーマに違和感はないけど、ドラマ的な芝居的な見せ場という意味では、途中に異様に突出した見せ場(名場面)がいくつかあって、その印象の方が強く残る。#3の中華料理屋の場面とか、#7のリキの住処に踏み込む黒木瞳とかね。まあ、田中健二の演出だけど。

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