■演技の方向性について俳優部から確認を求められても、演技は俳優が考えることなので、監督は何も言うことないよという溝口健二スタイル。さすがに普通の映画監督で言い放つことの出来ない台詞。これ言える監督はいま何人いるだろうか?
■ただし、アクション演出に関するアクション監督との確執はなかなか微妙で、結果的に成功していないので余計に無惨だし、映画のアクションを観るより、ドキュメントを観るほうが面白いという困った状態。段取りに見えるアクション演出は嫌だというのは昔からある考え方で新しいものではない。
■監督に全否定されたアクション部に対して俳優部の池松壮亮が自らスタントマンに演出を付け始めるあたりがこのドキュメントの一番の見所で、ある意味庵野秀明がしめしめとほくそ笑んでいるのではないか。どうせ撮り直しでしょ?と吐き捨てながら、それでもスタントマンたちと演技プランを共有し、演技者の心を植え付けようとする。その現場主義的、自然発生的な出来事こそが最も映画的で、そして映画本編では冴えなかった池松壮亮の好感度が急上昇する瞬間だ。ナイスガイ!
■たぶん庵野秀明が目指したアクション演出は昔から時々実現していて、日活映画のいくつかとか那須博之のアクション映画での強引な長廻しなどが近似値なのではないか。一方でCGIによるアクロバティックなあり得ないアクションが志向され、正直どこを目指しているのか観客は困惑するばかりだ。
■ちなみに、庵野秀明のような部下への指示の出し方は今どきの民間企業ではありえないし、あってはいけない手法だ。確実にハラスメントに該当するし、フィードバックの手法としても論外。でも映画の撮影現場って昔からあんなもんだし、まあ芸術だから普通じゃないのが常識ってところがある。狂人じゃなくてはすごい映画は撮れないという共通認識がある限りは続くんだろうけど、まあ属人的な現場掌握術なので、普遍性はないですよ。いい子はマネしちゃダメ。