1974年TV映画版『日本沈没』と田渕吉男の特撮作法

■アマプラに1974年版のテレビ映画『日本沈没』が入ったので、早送りしながら観てますが、さすがに無理やり挿入される関西芸人の無理やりなギャグは厳しいものがありますね。あれはTBS側の意向だと思いますが、何の意図だったのか。誰が喜んだのか?

■さて、今回見直すと、とにかく画質が良いので大画面で見るとミニチュアワークの説得力がすごいですね。基本的に撮りきりのミニチュアワークは大画面で観るのが前提で設計されているので、テレビ場面では完全に鑑賞することはできません。それにしても、このシリーズの特撮はテレビレベルを完全に超えています。

■むかし観たときは、さすがに東宝映像のスタッフが本気出すと凄いなあという感想だったのですが、演出、撮影、照明のメインスタッフは東宝映像から出向して、実際の特撮制作は日本現代企画で行われたことを知った今となっっては、日本現代企画のスタッフ凄いなあという感想に変化しましたよ。演出部、撮影部、照明部も、助手以下は日本現代企画のスタッフだったらしいけど、美術は完全に日本現代企画の山口修以下のメンバーだったようで、明らかに異様な予算規模が編成されたらしく、ミニチュアの精度と規模が映画レベル。ひょっとすると、円谷プロみたいに、日本現代企画も予算の持ち出しをしたのではないかな。(妄想です)

■そして一番気になるのは、シリーズの立ち上げを担った特殊技術担当の田渕吉男の微妙なスタンスで、東宝映像では川北紘一の先輩にあたるひとで、『ウルトラマンA』の(意味不明な)コミカル演出で有名な人ですが、なかなか掴みどころのない演出家。基本的に、かなり予算に気を使う人らしく、大型シリーズの立ち上げなのに、随分こぢんまりとしています。ベヨネーズ列岩の噴火シーンもほとんど実写フィルムを使って、特撮ショットはインサート的に一瞬挿入されるだけという演出姿勢。第1話『飛び散る海』や第7話『空の牙、黒い龍巻』でその傾向は特に顕著で、あまり積極的に特撮場面を作ろうという姿勢が感じられない。第2話の『海底の狂流』の天城山噴火はもちろん映画版からの流用、第6話『悲しみに哭く大地』は別荘地の巨大地すべりや高速道路の陥没シーンを新撮し、美術面の充実は確認できるものの、シーン構成にまとまりがない。今見ると、このあたりのエピソードは西村潔+長谷川清キャメラマンの流麗な演出の方が魅力ですね。

■TBS側もさすがに先行きを危惧して第4話『海の崩れる時』で川北紘一を投入しますが、ここで川北紘一は、潜水艇の場面は俺ならこう撮るという明確な方針に基づいて、ケルマディック号が水面から徐々に沈降してゆく様子をプール撮影を駆使してカットを重ねて撮ることで、海中に潜るという経験を心理的に納得させ、それによって宇宙空間にも見えかねない深海シーンを、心理的に海底であることを自然と納得させるという丁寧な演出を見せます。そして、伝説の第5話『いま、島が沈む』で、全国の視聴者が観たかった日本沈没の特撮大スペクタクルを始めてストレートに描き出すことに成功します。この物量は今観ても腰が抜けます。

■田渕吉男の手柄としては、第1話から第4話まで引っ張る姫路城の崩壊シーンで、これはさすがに細かいカットでミニチュアのディテールを見せてゆくミニチュア演出が凄いですね。第3話『白い亀裂』で大破し、第4話でやっと姫路城が全壊するけど、この回は川北紘一の担当。でも普通に考えれば、姫路城の崩壊シーンはシリーズ当初に田渕組でまとめて撮られているはずだよね。

■しかし一方で第10話『阿蘇の火の滝』では川北紘一もほぼ実写フィルムと『空の大怪獣ラドン』などのライブ映像と塩っぱい合成カットだけで構成していて、第4話『いま、島が沈む』で予算を使いすぎた反動かと思われますが、真相はいかに。

■第8話から参加した高野宏一はそもそも日本現代企画の創設メンバーだけど、第8話『怒りの濁流』を観ると、予算度外視で大風呂敷を広げている感じだ。明らかに映画レベルの特撮映像で、特撮美術の精度もスケールも度外れている。円谷英二の『地球防衛軍』でも山間の大津波が描かれたが、完全に凌駕している。しかも、この次には京都編をまとめて撮るから、高野宏一の信頼度は絶大だし、実際このあたりの仕事は高野宏一のベストワークだと思いますよ。

■というわけで、TV映画版『日本沈没』の前半を振り返ってみましたが、田渕吉男の特撮作法が少し分かったような気がしますね。基本的に、かなり予算に気を使う人で、そこで無理はしない。川北紘一のように、制作担当者にネゴして予算を獲得するようなタイプではないようだ。同じ方針で、ライブ映像は積極的に使うタイプで、このあたりは師匠の中野昭慶に似ていると感じるし、かなり忠実な弟子という気がしますね。

■田渕吉男は本シリーズを立ち上げたあと、『エスパイ』で中野昭慶の監督助手に戻り、その後は『メカゴジラの逆襲』の助監督、『大空のサムライ』の監督助手(特殊技術は後輩の川北紘一)を最後に名前を見なくなり、その後の消息はいまだに不明ですが、実際のところ東宝映像に中野昭慶川北紘一、田渕吉男と三人の特技監督は多すぎるわけで、せいぜい棲み分けしても二人が限界だよね。どう考えても。そういう意味では、田渕吉男の名前が消えるのも無理はないと感じるのだが、まあタイミングとか周辺条件の為せる技で、いろんな偶然の積み重ねの結果そうなったわけですね。。。

■本日は、東宝映像の田渕吉男についていろいろと妄想してみました。個人的には、ちょっと楽しかったですが、好事家の皆さんはいかがだったでしょうか?

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