ここはどこ?刑務所?病院?それともアウシュビッツ?『蛇の穴』

■第二次大戦後、戦地で心的外傷を負った兵士が多数帰国し、社会問題化したことから、ハリウッドでは精神分析的な題材を扱う映画がブームになったそうです。『白い恐怖』『ガス燈』とかね。いわゆるニューロティック・スリラーというやつですね。その殆どは俗流フロイティズムで謎の行動の真相を解説しようとする、一種のミステリーです。

■有名な本作もそういったミステリーとかスリラーの一種と思っていたのですが、実は、実録映画だったのですね。原作者が精神病院で経験したことを小説化したものだそうです。だから、本当はスリラーでもミステリーでもないのですね。でも、映画のタッチは立派な恐怖映画になっています。観客を主人公に同化させ、そもそも自分のいるところはどこなのか、刑務所なのか、精神病院なのかすら分からない状態から、ある意味で”地獄めぐり”を経験させます。その拷問的な残酷風味と嫌悪感はいまみてもなかなかのもの。電気ショック療法や「蛇の穴」の心的ショックでいくらか病状が改善するというのも、今にして思えばなかなか微妙。

■主演は一度聞いたら忘れられない派手な名前、オリビアデ・ハビランド。『風と共に去りぬ』のメラニー役が有名ですね。本作でも熱演しますが、かなりやりすぎ感が。精神病患者のみなさんも、映画向けに相当誇張されており、映画的と言うよりも舞台的。クライマックスの「蛇の穴」に擬せられる病棟の描写などまさに演劇そのもの。

■主人公が病気になった理由がクライマックスで明かされますが、もともとミステリーではないので、単に普通のフロイト精神分析を施しただけで、意外性も何もないし、その意味では肩透かしです。でも、精神病院がやけに大人数で、モブシーンがスペクタクル的に描かれ、アウシュビッツの収容所にも見えなくはないというあたりに、アナトール・リトヴァク監督の含意を感じます。精神病治療の野蛮さを描く映画ではなく、その差別性を批評するわけでもなく、なんらかの物差しを恣意的に適用して”普通じゃない”という理由で隔離された群衆という状況に批評性を込めているのでしょう。

■マイノリティではあるけれど、けっして絶対少数者ではなく、絶対数としては相当なマスである。そのモブ性に意義があって、だから映像表現としてはスペクタクルになるというふうに感じるけど、そんな見立てでいいのかな?

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