天国と地獄 ★★★

天国と地獄
1963 スコープサイズ 143分
NHKBS
原作■エド・マクベイン 脚本■小国英雄久板栄二郎黒澤明菊島隆三
撮影■斎藤孝雄、中井朝一 美術■村木与四郎
照明■森弘充 音楽■佐藤勝
監督■黒澤明

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■ずいぶん久しぶりに観たけど、改めてあまり出来のいい映画ではないと感じた。黒澤明ならほかにもっと良いのがいくつもあるので、封切り当時ならではの材料的な衝撃が今になっては感じられないせいもあり、何が言いたいのか終始ピンとこない。

■第一幕となる権藤邸のドラマもマルチカメラで撮影して編集で構成するという、まるで舞台中継のような演出なのだが、それが効果をあげているとは思えない。構図はルーズになるし、照明もあまり凝れない。三船敏郎もやけに背中ばかり向けているし、普通にカットを割って撮ったほうがよほど緊密なサスペンスを構築できるだろう。ただ、権藤邸の巨大なガラス窓の向こうに横浜の実景が捉えられた場面は撮影の苦労が偲ばれるし、なかなか普通の映画で撮れる画ではない。

■基本的に写実的な撮影を試みているのだが、黄金町のスラムの描写は空想的でリアリティを感じないし、犯人を追跡するパトカーの背景はスクリーンプロセスだったして表現意図が不徹底。

■そもそも権藤という主人公の人間像が難しい。今回初めて気づいたが、被差別階層の出身という設定が仄めかされていて、これが東映映画であればもっと人物造形に生かされるはずだが、意識しているのかしていないのか、掴みかねる。差別と極貧のなかで職人として生い立って、強運と強引さで製靴会社の重役までのし上がった成金で、まさに今も社内闘争に躍起となっているという設定であって、それは日本が貧しい国から経済大国へ至った姿を重ねているはずだ。しかし、それに対する犯人の設定も謎なので、テーマがピンとこないのだ。インターンだったが学費が納められずにドロップアウトした若者というような設定であれば、その対比がわかりやすいのだが、そういうわけでもなく、インターンも継続中という犯人。そのまま医師になれば不自由なく生活できるはずなのに、なぜ権藤を憎む必要があるのか。そこは想像に任せるという幕の引き方で、両者の間の絶望的な「断絶」だけを提示して映画は終わる。

■単に貧乏な若者が成金を妬むという単純な対立ではなく、貧乏だが仮にも医師の卵である者が、被差別階層出身者の成金を妬むという捩れた対立構造が、捩れすぎてピンとこないというのがすっきりしない理由だろう。製作者=権藤側にとっては、戦前、戦中世代に対する戦後世代の反抗=犯人は、何を考えているのかそもそもまったく理解の外であって、気違いにしか見えないという嘆息にも見えてしまうのだが、いくらなんでもそんなに単純な狙いではないだろう。そうならないために権藤は貧民出身で、犯人は逆に裕福な出身(だが、両親を喪っていまは困窮ということ?)という捩れを設定したはずだ。だから、この犯罪と両者の「断絶」の根源は「貧困」ではないよということだけは何となく分かってきた。ということは世代の「断絶」という話に落ち込んでしまうのだろうか。

■ただねえ、犯人がどう生い立って、今どうやって生活しているのか、医大の中でどんな立場なのかといったリアリティが全く描かれないので、何をどう汲み取れというのか、理解に苦しむことになるのだ。敢えてそこを捨象するところに製作者の若い世代に対する悪意の存在を勘繰られても仕方ない迂闊さがあり、それはあんな目立つ丘の上にシースルーの豪邸を建ててしまう権藤氏と同様の無神経さがあると思うのだが。


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