■トルストイの原作小説は未読だが、ナターシャ、ピエールとアンドレイの三人を中心としたダイジェスト的な構成になっているらしい。原作は群像劇らしいから当然の措置といえる。上映時間は3時間を超える超大作だが、60年代の3時間映画の先取り的な体制で製作されており、実質的にはイタリア映画というべきかもしれない。カルロ・ポンティとディノ・デ・ラウレンティスの製作で、イタリアで撮影されている。確かに大作ではあるが、のちのサミュエル・ブロンストンらの70ミリ撮影による人海戦術的な楽しさはまだ希薄である。War and Peace
1956 ヴィスタサイズ 208分
DVD
■しかも、このDVDは発色が非常に悪く、画質は中の下といったところ。ジャック・カーディフが撮影しているのだが、その撮影の良さは全く感じられない。ブルーレイ版はリストアされているらしいので、ブルーレイで見れば映像的な豪華さが理解できるのかもしれない。ただ、正直なところあまり上出来な映画ではない。
■ナターシャを演じたオードリー・ヘップバーンの演技的な問題で彼女の成長がちっとも感じられず、キング・ヴィダー監督の演出としても彼女の心理描写が不出来である。ヘンリー・フォンダが演じるピエールにしても戦場の実相を知り、ナポレオン軍の捕虜となって死の敗走に巻きこまれるという経験をしながら、人間性がどう変化したという肝心なところが描かれず、ただナターシャと結ばれましたというだけの作劇ではドラマの肝が無い。
■という訳でドラマの中心人物たちの描き方に精彩が無いのに比べて、何故か脇役のエピソードに感動的な部分があり、プラトン・カラターエフのエピソードは特に秀逸。リアル世界の理不尽さに対する諦観と篤い信仰、そして残酷で皮肉な最期が短い描写のなかに切々と胸に迫る。どんな理不尽な現実も最期に神が説明してくれたときに腑に落ちて納得がいくはずだから、どんなに残酷な現実にも絶望しないし、信仰を捨てないという素朴な農民に、一般庶民の像を集約している。本作は貴族たちの物語なので、一般庶民代表という扱いである。戦争と平和の実相を神の前で腑分けしてみせる役割を負う最重要人物である。貴族たちはそこに直接絡まないのだ。
■一方で秀逸なのはオスカー・ホモルカ演じるクトゥーゾフ将軍のエピソードで、常に冷静沈着かつ豪胆な判断でナポレオン軍の自滅を誘う優れた軍略を披露する。ガチガチの合理主義者と見えていた彼が、ナポレオン軍の撤退を聞いたとき神に泣いて感謝する場面が大きな見せ場。戦争判断がギリギリのところで行われたことをよく描いているし、神と人間の関係を描く本作の裏テーマに直接寄与する役どころでもある。
■結局のところ、本作はメロドラマとしてはあまり面白くないものの、戦争映画としては結構見所があり、戦争の徒労感はよく描けているという変なバランスの映画なのだ。終盤のフランス軍の敗走、ロシア軍による死者に鞭打つような追撃のあたりの粘り腰がこの映画の本当の肝であったようだ。キング・ヴィダーがやりたかったのは、メロドラマではなく、どうもこちら側だったようだ。