『被爆のマリア』

田口ランディの小説は初めて読んだけど、なんだか盗作騒ぎで有名な人らしい。その事件の内容も知らないのでどこまで本当なのかも判断できないが、この短編集は読み応えがあった。筆致は非常に軽く、若者読者でもさらさらと読み下せるような表現にしてあるが、素材とテーマの重みに筋立てが負けていない。表面上の過度の(?)風俗小説感が広島・長崎の惨禍とちゃんと対峙している。書かれたのは少し前の作品だが、3・11以降、その寓意が改めて重みを増しているように感じられる。

■一番衝撃的だったのは「永遠の火」で、実在する「原爆の火」にインスパイアされたお話。広島の地で採取され現在まで燃え続ける「原爆の火」を娘の結婚式のキャンドルサービスで使ってくれと言い出す父親と娘の思いを軽妙に描く佳作で唸った。「原爆の火」の存在自体に衝撃を受けたこともあるが、典型的な家庭劇のスタイルで描いた構想も秀逸。これならそのまま松竹映画にできる。山田洋次にぜひとも撮って欲しいくらいだ。

■表題作「被爆のマリア」は長崎に実在する「被爆マリア像」をモチーフに、現代の家庭内暴力と経済的貧困に晒されるある若い娘のやるせない日常が描かれる。これも着想が秀逸だし、主人公の佐藤さんという娘のせつなさに胸を突かれる。長崎の被爆の惨禍と一見何も関係のないように見える不幸な家庭、経済環境下の、かつかつの、ある意味で毎日が戦争である日常生活を微妙に重ね合わせる。これも、タナダユキが映画化すれば傑作になる確信がある。

■ほんとにこの短編集は是非とも映画化、テレビ化すべき。力のある役者さえ揃えれば低予算で製作できる。2時間ドラマ枠などピッタリだと思うのだがなあ。

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